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同級生の話『地下通路』
私の町にはね。七不思議っていうのがあるんだ。
一つは小学校にある「桜の切り株」。
一つは町をぐるりと廻るバスの「停留所」。
一つは池に沈んでいる「砂時計」。
そして、今から話すのが四つ目。
君はたどり着けるかな?
『地下通路』
これは私が高校生の頃。
部活動が忙しくて、勉強もやらなくちゃいけなくて、友人とも遊びたくて、好きなこともしたくて。もう、何一つ満足に時間も体力も使うことができなくって、焦りばかりが溜まっていく毎日だった。
そして、更に私を追い込む原因があった。
それは部活の先輩。やけに私に絡んできていた。
俗に言う「チャラ男」というもので、周りからも余り好かれていない人だった。物凄く迷惑で、一日のストレスのほとんどをその人が生産していた。物凄く迷惑だった。
それ以外は普通に高校生活を楽しんでいた私。
物凄く迷惑な先輩以外は、友人のみんなはいい人たち。
いつからだったかな?
あまりに迷惑すぎて、無視するようになったんだ。そうしたらその先輩、私をストーカーするようになっちゃったの。迷惑過ぎる。
家まで見つかっちゃって、登校も下校もその人の視線がビシビシ感じてた。
だから、鉢合わせしないように毎回帰り道を変えたの。朝は仕方ないから両親に送ってもらってた。
これが、私と七不思議の一つを結びつけたの。
「帰り道を毎回変える」っていうことが。
私たちの町にある七不思議は、大体何かの条件を満たせば誰だって経験できるもの。
ただ、四つ目だけは違っていて完全に運任せ。
七不思議、その四つ目は「町のどこかに長い地下通路が現れる」らしいということ。
らしい、というのは目撃談がないから。
どれくらい長いのかもわからない地下通路。そこから帰ってきた人はいないんだって。
つまり、その地下通路はあったりなかったり。
いつも通る道がその地下通路になっていたりすることだって有り得る。ただし、それがどこに現れるのかはわからない。
そんな七不思議だった。
ある日、私はいつものように物凄く迷惑な先輩を避けて帰り道を変えて帰宅しようとした。
でも、その時に限ってその迷惑な先輩に見つかっちゃった。
ぎろりと、その先輩の目付きが変わったのを見た。ヤバイと思って、走って逃げた。
走って、走って、滅茶苦茶に角を曲がって、そうしたら私は道に迷っていたの。
後ろからは息を荒くして走ってくる先輩の気配。
怖かった。
私はすぐ近くの地下通路に走り込んだ。
そこに走り込んだのは本当に偶然よ。
まさか、あの「地下通路」に入ってしまうなんて。誰も思わないでしょ?
でも、その時は気づかないで奥の方へ走ったの。先輩が大声で私の名前を叫んでいた。
壁に反響して、すぐ横にいるみたいに聞こえた。
怖くて怖くて、私はどんどん奥へ進んだ。
そうしたら、やっと気がついたの。
出口が見えない
もう夕方を過ぎた時間で、季節は秋だったから、暗くて見えないだけかと思った。
地下通路の中も薄暗かったから。
だから、出口を目指して奥へ進んだの。
カツカツ、私の靴の音が響く。
ザッザッ、先輩の靴の音が響く。
どれくらい歩いたのかわからない。
出口は見えなかった。
私はとうとう止まった。
周りはやけに寒かった。寒いを通り越して冷たかった。
私は、もしかしてという可能性に気がついてしまった。
その時、後ろから
「つかまえた」
先輩が近づいていたことに、私は気づけなかった。
「ひ」
短い悲鳴しかあげられないまま、私は先輩に壁へ叩きつけられた。
壁が、異常に冷たかった。
息が、白く
(ざく)
先輩が、腕を引っ張って私を連れていこうとした
(ざく)
左腕を、引っ張って
(ざくざく)
こわくてこわくてこわくてこわくてこわくて
(ざくん)
次の瞬間、先輩の足は「なにか」に食いちぎられていた!
私も先輩も何が起こったのかわからなかった。
わかったのは足が
食われ
どさ
片足を失ってバランスを保てなくなった先輩の体は地面へ叩きつけられた。
そして、残った足を
ぐい
引っ張られた
「嫌だ…死にたくな、食わな、で」
顔面を真っ青にして、歯をガチガチいわせながら先輩は私の左腕を引っ張った。
タスケテ
そんな先輩の声と私の左腕ごと、そのなにかは
(ざくん)
引っ張られていたはずの左腕が急に軽くなった。
痛い。熱い。
それよりも怖かったのは、
あったはずの左腕の感覚がなくなったこと。
(ざく)
こんどは、わたしのばん
目の前で食われた先輩のように、私も体を食われるんだ。
目を見開いて涙を流しながら、私は思った。
その時、後ろから私の右手が引かれた。
小さな手は、そのまま私を引っ張って走り出した。
(ざく)
何かの音がどんどん遠くなっていく。
(…ざく)
足音は私のものしか響いていないのに、目の前に小さな女の子が手を引いて走っているのが少し不思議だった。
でも、その背中は懐かしいものだった。
私は、その女の子を知っていた。
(……ざく)
何かの音は、もうずっと遠くへ追いやってしまった。
その女の子と手を繋いでいると、冷たいくらいに体温は感じないのに心が温かくなった。
肩まで伸ばした柔らかい髪、両サイドを縛った可愛い桃色のリボン。
ひらひらと舞う、あの子のお気に入りだった赤いワンピース。桃色に赤い花が咲いた、あの子が逝ってしまった日にも履いていた靴。
あっという間に外の光が見えてきた。その時、女の子が手を離した。通路を抜けるかどうかの瞬間に、私は振り返った。
その子は笑って手を振っていた。
懐かしい私のお友だち。小さな小さな、私の同級生。今はもういない、大切だった親友。
その子は言った。
「まだ、こっちにきちゃだめだよ」
通路の口を抜けた瞬間に、私の意識は暗闇へ落ちていった。
次に目を開いて見たものは、病院の白い天井だった。
というのが私の経験した七不思議。
迷惑なストーカー先輩による偶然の産物だった気もするけど、あのどこまでも続く真っ暗な通路へは二度と行きたくない。
私が思うには、あの通路は死後の世界へ繋がっているんだと思うの。
私たちが小学一年生の夏に交通事故で死んだあの子と会ったのがその証拠。
生きているこっちの世界から死後の世界へ行くには体が不必要。
だからね。食べちゃうんだ。あの通路が生きている人の体を。
あの時の私たちみたいに此方から彼方へいこうとする人の体をね。
迷惑な先輩はもうこっちへ戻ってこない。
私は、辛うじて左腕をなくしたけどかつての親友に救われた。
迷って迷って、ふと見つけたちょっとだけ雰囲気の違う地下通路は入る前に気を付けた方がいいよ。
その通路はお腹を空かせていて、通ろうとする生きた獲物を待っているのかもしれない。
気がついたときには、もう
「ざくり」
と、食べられちゃっているかもよ。
これで、私の経験した話はおしまい。
経験「した」話はね。
さあ、今の話をしよっか。
その後私はそこそこ幸せな人生を送った。
左腕をなくしてちょっとだけ不自由だったけど、いい旦那様にも巡り逢えて、可愛い娘も産まれて。うん。幸せな人生だったわ。
そんな私の人生にも終わりがやって来た。
今、私は、あの時の地下通路の反対側の入り口から暗い通路を覗き込んでいた。
辺りは一面真っ赤な彼岸花。
命を溢して散ったような花びらは、それはもう美しい。
私は死んだ。
人生を終えて、今、この花畑の中に立っている。
花畑の向こうには、あの小さな女の子が笑って走り回っている。
地下通路の始めと終わりは、どちらも入口であって出口である。
あの日、出口だと思っていたこちら側から、今日私はもう一度通路を通る。体はもう火葬されて無いので、食べられる心配はない。
みんなと約束した同窓会が、今日開かれる。
とっておきの話をそれぞれ持ち寄って、楽しい同窓会が開かれる。
小さな親友に
「ちょっと、みんなに会いに行ってくるね」
と声をかけて、地下通路に吸い込まれていく。
「おみやげ、よろしくね!」
高い声が後ろから聞こえた。
残念。みんなきっと×××いるから食べ物も飲み物も期待できないかな。
あの暗い通路を進む。
進む。
進む。
進む。
地下通路は、あの時のように長い。
地下通路が冷たいのは、体の無い私たちが通るから。生きていた時の体の熱は今の私たちにはない。
だから、生きている人にとって冷たく感じるの。
途中、食い残しがポツポツと捨てられていた。骨とか。カバンとか。服とか。携帯電話とか。
ふと、懐かしいものが目を掠めた。
高校の学生証だった。
あ、と思った瞬間
「みぃつけた」
すぐ後ろに気配を感じた。
迷惑なストーカー先輩だった。
通路に体を食われた先輩は、出口からも入り口からも外へ出ることができずにこの地下通路をさ迷い続けていたのだ。
ただ、
(ざくん)
「ひ」
どこからか、あの音が聞こえた。
先輩は途端に怯えて震えだし、周囲を警戒しながら逃げていった。
先輩はあの時の死の恐怖からも逃げられずに、未だに迷っているのだ。
ちょっとだけ。ほーーーんのちょっとだけ、可哀想かな?と思ったり思わなかったりした。
そして、私は音の正体に気がついた。
地下通路が獲物を食べる音。
それは歯を噛み合わせる音。
地下通路の奥へ行けば行くほど、鋭い歯が壁にびっしりと生えていた。
奥というのは通路の一番深いところ。中間地点だ。
つまり、先輩と私の左腕が食われた場所。
死んでいる今の私だから見える「真実」だった。
この「地下通路」は生きている。
腹を、空かせている。
これが、私の見てきた七不思議「地下通路」。
あの通路が神出鬼没なのは生きているからだよ。
獲物が通るのを口を開いて待ち続けているの。
見た目はほんとに普通の通路だよ。
私たちはそれが「七不思議の通路」かは見分けがつかない。だから遭遇するかは運次第って言われるの。
でもね。あっちからすれば適当な通路に擬態して獲物が入ってくるのをじっと待っているだけなんだから、偶然でも何でもないよ。
そういう作戦。
こわいよね。
あっちからは見えるのにこっちからは見えないなんて。
ここへ来る途中にはね。
携帯電話とかの新しい物から、鎧や着物の古い物までたくさんの物が落ちていたよ。
それって、あれがどれだけ長くああいう風に在り続けているかの証拠だと思うんだ。
多分、これからも変わらず待ち続けるんだろうね。
じゃあ私、あの子が待っているからもう戻るね。
。みんなとの約束も果たしたし、私もあの子ももう じゃないから。
それに、キミも一緒に来てくれるんでしょう?
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