終章

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終章

 今、僕らは小舟で本土へ向かっている。 僕がさっきまでいた島が、やっと遠ざかり始めた。 ぼろぼろの小舟だからか、それとも漕ぐのが下手なのか、進むのが随分遅いけれど仕方がない。 「遅いわね。もう少し早くできないの?」  そう言ったのは、早百合さん。 重りをつけられた方の足をさすっているけれど、今は救急セットがないから仕方ない。 着水する時に肩も痛めたみたいだけれど、早百合さんは案外丈夫なようだった。 崖が低かったのもあるだろう。 「島の人は来ないから平気だろ」 「今は吐き気と下痢で死にかけているだろうけど、早く本土につかないといけないんじゃないかしら」  そう、死にかけているだけ。 僕と彼女が使った花は、浜木綿。 毒はあるにはあるけれど、吐き気と下痢くらいしか毒による症状はないらしい。  あれから僕と彼女が誰も殺さず助かると決めた後、僕は浜木綿の咲く浜辺へ向かい浜木綿を調達した。 その浜木綿は彼女が酒に混ぜ、彼女はそのまま生贄となる儀式へ向かい崖から落ちた。 浜木綿を彼女に渡した後、もう一度浜辺へ戻り小舟を漕いで彼女が落ちる崖まで向かったのだ。 それから、重りや何やらを乗り越えて今はひたすら本土へ向かっている最中だ。 「それにしても、あなたも人殺しなんてね」  人殺しなんて人聞きが悪い。 けど、間違っているとは言えなかった。 「僕も早百合さんも正当防衛だ」 「まあね。あなたの場合、放火魔を退治しようとして間違って殺したんだっけ?」 「そんな感じだ」 「それで、こんな時期に休学して全国を旅してるなんて、あなたも島の人と同じくらい馬鹿なのね」  私も馬鹿だけどね。 そう言うと、彼女は足をさするのを止めて僕を見た。。 「ねぇ、早百合って止めてくれない?」 「いい名前じゃん」 「……もう早くても遅くても百合にはなれないから。ならないから。私に名前つけてよ」  彼女がどこか投げやりになったのは、百合ではなくなったからだろうか。 純潔でも、純粋でも、無垢でも。 虚栄心でも、偽物でも、張りぼてでも。 生贄でもなくなったのだから。 「なら浜木綿で、木綿とかは?」 「いいと思うよ」  彼女はそう言って笑った。 もう儚くはなかった。 「それにしても大胆だったよね」 「そうかな?」 「そうだよ。汚れていても君は綺麗だと思う──だなんて、そんな台詞よく言えるよね」 「その台詞を言う僕についてきた君も君だろ」  そう言いながらも、頬が熱くなる気がする。 歯が浮くようなそんな台詞、普段なら言えない。 「綺麗なんて言われたの、初めてだったから」 「……そうか」 「私も遠くに行けるかな?」  そう言うと、木綿は微笑んだ。
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