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「百合の花言葉って知ってる?」
「いや、知らない」
「百合全般の花言葉は、純粋と無垢と威厳よ。私は人を殺したから純粋でも無垢でもない。生贄に威厳なんてものあるわけない」
そう言うと彼女は、百合を一輪手に取って床に投げてこれでもかと言うほど踏みつけた。
「白い百合の花言葉は、純潔と威厳。純潔でも威厳があるわけでもない私は、名前の通り百合になるには早すぎたの」
くしゃっとなった百合の残骸。
毒を持つたくさんの花。
これから殺され、殺す彼女。
「私は、純白の百合じゃないわ。こういう真っ赤な百合なのよ」
彼女はそう言うと、果物を切るために置かれていたナイフを手に取り、自分の指先をそれで切った。
そして、白い百合に赤い血を垂らす。
真っ白だった花びらに、真っ赤な血がゆっくりと染み込んでいく。
「赤い百合の花言葉は、虚栄心──私は虚栄心だけで作られた、偽物の張りぼてよ」
白いワンピースに、ナイフから垂れた血が赤い染みを形作る。
「でも、早百合さんは早百合さんだろ?」
「どうかしら。ただの生贄だもの」
笑う彼女は相変わらず儚げで寂しげで。
ただの旅行者だけど。
ただの旅行者だからこそ。
死なせたくないと思った。
もしかしたら、僕にはよくわからないけれど、これが一目惚れという感情なのかもしれない。
「神事はどういう風に進むんだ?」
「この社で祈祷をしてから、島民を残して長老と側近と私だけが崖へ行くわ。そして、私だけ落ちる。間違っても見物していないで逃げなさい」
「崖はどれくらいの高さだ?」
「あまり高くはないけど、重りをつけて沈むから助かることは不可能だと思う」
どうして聞くのか不思議なようだけれど、早百合さんは素直に答えてくれた。
「なら、重りをつけずに落ちればいい」
「ナイフを持って行くのは無理よ」
「いい考えがある」
一応高校生の時まではサッカーをしていた。
体力になら自信がある。
「私は生贄。そのまま死ぬのが運命よ」
「お願いだ、死んでほしくない」
「通りすがりの旅人なら、そのまま去って」
「死なないでください」
そう言って頼むけれど、早百合さんはいぶかしむような目でこちらを見るだけだった。
「理由は? どうしてそんなに?」
「浜木綿の花言葉、調べてみたんだ」
昨日、宿に帰ってお喋りな女将さんに聞いたらあっさりと教えてくれた。
「浜木綿の花言葉って、『どこか遠くへ』と『汚れがない』の二つがあるんだろ?」
「そうね」
「なら、早百合さんは浜木綿みたいだ」
「私は汚れているの。人殺しという大罪で」
僕がその後言葉を続けると、早百合さんは泣き笑いのような表情を浮かべた。
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