動き出す過去

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動き出す過去

今日は相澤先生と一緒に朝の登校指導の当番だ。 登校指導とは校門の前に立って、違反している生徒や遅刻する生徒がいないかをチェックする番人のようなものだ。 「おまえなんだそのズボンの履き方わっ?下げすぎだ。」 「相澤先生わかってないな〜。これがオシャレなんすよ?」 「ゴムのヨレた汚いパンツを見せんのがか?臭いわっ。」 「ひでぇよ相澤先生ー!」 他の先生だったら見て見ぬふりをするようなヤンチャな男子生徒のグループにも、相澤先生は相変わらずの口の悪さだ。 どんなにキツい言い方をしても生徒からは慕われるのだから不思議だ。 寒い中の登校指導の当番も、相澤先生と一緒ならちっとも嫌じゃない。 私はそっと、着ているタートルネックの上から左の鎖骨の辺りを指先でなぞってみた。 この服の下には相澤先生から付けられたキスマークのあとがまだ残っている…… ダメだと思いつつもつい顔がニヤけてしまい、必要以上に生徒達に愛想を振りまいてしまった。 クリスマスイヴ、楽しみだな〜。 「おいマキマキ!今の生徒スカート短すぎんだろっ?なに笑顔で見送ってんだ?ぶん殴られてえのか?!」 相澤先生から思いっきり怒鳴られてしまった。 相澤先生は仕事にはすっごく厳しい…… 秘密で付き合っているから仕方がないのだけれど、学校での相澤先生は私の指導係で鬼教官だ。 ドSかってぐらい私に怒るしこき使うし意地悪で厳しい。 家ではキス魔だし甘えてきたりもするのに…… 私達の学校での師弟関係しか知らない人は付き合っているだなんて夢にも思わないだろう。 もしバレたら、真木先生ってドMだったんですねって冷ややかに言われるに違いない…… 「LINE教えて下さいっLINE!」 「今日の放課後って空いてますか〜?」 「これ、私が作ったんで食べて下さいっ。」 女の子達に囲まれながら登校してきたのは菊池君だ。 菊池君はモテるから珍しい光景ではないのだけれど、誰だろうあの子達は…… 五人いるけれど全員うちの学校の生徒ではないし、よく見るとかなり年上の年齢の人まで混じっていた。 菊池君は遅刻しちゃうからゴメンね〜と言って、学校の中にまで付いてこようとした女の子達をなだめて追い払った。 「菊池君おはよう。今の人達って知り合い?」 「いやぁ初対面。駅に着いたら待ち構えてたんだ。しつこくて参ったよ。」 さっきまで笑顔で対応していた菊池君だったのに、一気にゲッソリと疲れた顔になった。 写真をバシャバシャと撮られるし、馴れ馴れしく触ってくるし、私物を下さいとか言われて髪の毛を一本引っこ抜かれたらしい。 女の子には優しい菊池君も、二度と来ないで欲しいと愚痴っている…… 「俺より玉置ってやつの方がヤバいんじゃないかなあ。」 「……玉置君?」 「文化祭で女装ファッションショーしただろ?その時の動画がバズってるんだ。」 二ヶ月ほど前に行われた文化祭で、菊池君と玉置君は女装をしてショーに出演した。 文化祭で撮影された写真や動画のインターネット上への公開は、生徒はもちろん一般の来校者にもしないようにとお願いしている。 でも、誰かアップした人がいたようだ。 バズるとは、インターネット、特にSNS上で爆発的に話題になることを指す。 菊池君は、前からその動画がちょっと有名になってきているのは知っていたらしい。 でも昨日学校名が特定されてしまい、桜坂高校の名前とともに多くのSNSで拡散されたのだという…… 「玉置はすっぴんで出てたから…身バレもしてるみたいなんだよね。」 身バレって……個人情報がネット上で晒されてるってこと? 菊池君は女の子慣れしてるから今みたいに上手くあしらえるだろう。 けど、玉置君は────── 相澤先生も同じことを思ったのだろう。顔色が変わった。 「マキマキ、玉置は登校してきたか?」 「まだだと思います。」 相澤先生が駅に向かって猛ダッシュしていった。 「あ〜…相澤先生が行ったら余計騒ぎになるんじゃないかな……」 「えっ、菊池君。それどういうこと?」 相澤先生の後を追って駅前に行くと、広場で騒がしい人だかりが出来ていた。 菊池君が懸念した通り、相澤先生が十人くらいの女の子達の集団にきゃあきゃあ言われて囲まれていた。 私と目が合った相澤先生が焦った様子で助けを求めてきた。 「マキマキっ!なんかこいつら怖えっ!俺のことをルイ先生だとか呼びやがる!!」 「なんか今ブームになってる漫画に出てくる大人気キャラにそっくりらしいですよーっ。」 ちなみに『今日は君を調教するぜ!』という、病み系女子が好む漫画らしい。 女子高を舞台にしたかなり過激な内容なのだとか…… 女装ファッションショーの動画には、玉置君をお姫様抱っこしてステージまでエスコートする相澤先生の姿がバッチリと映っていた。 ルイ先生とやらは気に入った生徒をお姫様抱っこして秘密の部屋へといざない、ヤっちまうらしい。 キャラ設定がえげつないな…… 推しが目の前に現れて鼻息が荒くなっているファンは危険かもだけど、相澤先生なら放っておいても大丈夫。 改札口の方を見ると、玉置君が女の子達に捕まって足止めをくらっていた。 「玉置君て色白でホントに女の子みたいで綺麗〜。」 「ねえねえ。テル君て下の名前で呼んでもいい?」 「もしかして緊張してる?固まっちゃってて可愛い〜!」 玉置君は普段から感情を表には出さず、常に無表情だ。 省エネ主義なので面倒なことはやらない。 さっきから突っ立ったままで微動だにしないのは、無言でやりすごそうとしているからなのだろうか……? でも女の子達は、そんな玉置君の態度にまんざらではないのだと勘違いをしているようだ。 顔をくっつけてツーショット写真を撮ったり、両手を広げて抱きついたりとやりたい放題だ。 玉置君…ちょっとは嫌そうにすればいいのに…… 「玉置君て双子のお姉さんがいたんでしょ?」 「私もそれ知ってる〜!病気で亡くなったんだよね?」 玉置君の顔が少しだけピクリと反応した。 そんなことを平然と聞くだなんて…酷すぎるっ! 「ちょっと、あなたたちっ…!」 代わりに文句を言ってやろうと間に割って入ったのだが、玉置君が私の口を後ろから塞いだ。 「学校に行く途中だからもう良いかな?」 私を羽交い締めにしながら、玉置君がニッコリと微笑んだ。 ずっと無表情だった玉置君の天使のような笑顔に、女の子達が一瞬でポケ〜っと心を奪われた。 玉置君は私の腕を掴むとその場を急ぎ足で退散した。 「真木先生、ああいう人種は下手に刺激しない方がいいよ。」 「だって言って良いことと悪いことがっ……」 「だってじゃない!あることないことネットで書かれたら外も歩けなくなるだろっ?」 玉置君の言う通りだ。 助けようとしたのに逆に助けられてしまったのかも知れない…… 「玉置君、ゴメンなさい……」 「わかれば良し。で、あれはどうする?助ける?」 見ると相澤先生がおしくら饅頭みたいにもみくちゃにされていた。 さっきより人数が倍に増えている…… あの中に入っていく勇気はないな…どうしよう…… 「相澤先生は私に任せて。真木先生は玉置君を連れて私の車の中で待ってて下さい。」 後ろから声をかけてきたのは桐ヶ谷先生だった。 桐ヶ谷先生は集団の中をすすスっと体を滑らすように入っていった。 「こんにちは皆さん。元気があって良いのですが、女性にはおしとやかな部分もあった方が素敵ですよ?」 桐ヶ谷先生の登場に一瞬静まり返った女の子達だったが、あの花魁の人ですよねえと言ってまた大騒ぎをしだした。 桐ヶ谷先生…大丈夫かな…… 桐ヶ谷先生は首を傾げて妖艶に微笑むと、相澤先生を愛おしそうに抱き締めた。 「ごめんねみんな。彼は私と愛し合っているんだ。」 「なっ!桐ヶ谷、おまえなに言って……」 「こないだも一晩中彼から※※※されてね。私も※※※で※※※を※※※して※※※※※※……」 なんだろう…みんな凍りついた表情になっている。特に相澤先生が…… 車の中からじゃ聞こえないけれど、桐ヶ谷先生…涼しい顔してとんでもないことを言ってるんだろうな……
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