動き出す過去

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助け出した相澤先生を助手席に乗せ、私達四人は桐ヶ谷先生の運転する車で学校へと向かった。 先程の喧騒がうそみたいに車内は静まり返っていた。 女の子のパワーって凄いな…どっと疲れてしまった。 「最初に動画をアップしたヤツのアカウント見つけた。黒タピだって。誰だか探る?言われればするけど。」 玉置君…ずっとスマホをいじっているなとは思っていたけれど、そんなことをしていたんだ。 「誰だかなんてわかるの?」 「方法はいろいろあるよ。友人のアカウントから辿っていったり……こいつの場合は動画以外にも何枚も画像をアップしてるから簡単だよ。」 玉置君が見せてくれたスマホの画像には、うちのクラスがした模擬店のカレーを美味しそうに食べている女の子が写っていた。 #俺の可愛い彼女。なんていうタグが付いている。 他校の子かな…ぼかしも何も入っていない。 今の時代って、顔出しが当たり前なんだよね…… 「この子を探して聞いてみるってこと?」 「いや、もっと単純。最近はスマホの画質が良いから画面上を隈無く調べたら撮影者が映り込んでたりするんだ。この照明の具合と写真の解像度からいって、十中八九────」 玉置君は体をひねらせると私の目の前にずいと顔を寄せてきた。 「────瞳に映り込んでる。」 そ、そうなんだ…… 玉置君の大きな瞳に、私の驚いた顔が映っているのが見えた。 文化祭で振り子時計を作った時はその手先の器用さに時計職人になれるんじゃないかと思ったんだけれど、探偵にもなれそうだな。 にしても…今のは近かったよ、玉置君…… 「パソコン画面で拡大したらこのふざけたヤロウの顔がすぐに特定出来るけど、どうする?」 犯人探しか…悪気はなかったかも知れないからちょっとやりすぎのような気もする…… 私が言い淀んでいると、運転する桐ヶ谷先生が代わりに答えてくれた。 「今回は生徒全体に注意喚起するだけに留めておきましょう。あまり吊し上げのようなことをするのは良くない。」 「そ、そうだよ玉置君。調べるのはもう止めとこう。ね?」 やる気満々で身を乗り出していた玉置君は、チェっと言いながら不満そうに背もたれにもたれた。 助手席でずっとぐったりとしていた相澤先生が口を開いた。 「玉置…こういうのってさあ……どこまで調べられるわけ?」 「そんなの、全部です。」 玉置君いわく、ネットには特定厨、または特定職人と呼ばれる人がいて、それに狙われたらたったの数時間で身ぐるみを剥がされるのだそうな。 ネットに転がる断片的な情報を繋ぎ合わせ、個人の住所、氏名、年齢、経歴、その他もろもろの情報が全て調べられてしまうのだという…… 「ネットでは毎日何件も炎上してるから、俺らへの興味なんてすぐに薄れますよ。別に晒されて困るようなこともないし。」 「……そうか…まあ、そうだよな……」 相澤先生は頬杖をつきながらぼんやりと窓の外を見つめた。 車の窓ガラスに映る相澤先生が、どこか心ここに在らずといった感じで…… どうしたんだろう…… なんか……様子が、変だ────── 念の為、菊池君と玉置君はしばらくは用務員のコマさんの車で送り迎えをしてもらうことになった。 相澤先生も桐ヶ谷先生が送り迎えしますよと言ってくれたのだが、即答で断っていた。 玉置君が言った通り、日にちが経つにつれてあれだけ騒がれていた動画も落ち着いてきたようだった。 玉置君以外の個人情報も特に調べ上げられることはなかった。 所詮、クオリティが高いとはいえ高校の文化祭で女装しただけの動画に、世の中の関心はさほどのものではなかったようだ。 ……日々、 新たな話題がネット上を駆け巡る───── 職員室でもうすぐ始まる冬休みの注意事項をまとめたプリントを作成していると、隣の席に座る相澤先生から小さく折りたたまれた紙を渡された。 「晩御飯は鍋が食べたい。」 今夜は寒気が入り込んで今年一番の寒さになるとテレビでも言っていた。 鍋にはうってつけの日だ。なに鍋にしようかな? ウキウキしながら考えていると、相澤先生からもう一枚紙を手渡された。 「早くマキマキも食べたい。」 顔が一気にボッて茹だった。 相澤先生っ…学校でなに書いて渡してんの?! 知らんぷりでパソコンのキーボードを叩く相澤先生の横顔をキッと睨んだ。 もうっ、絶対私のことからかって楽しんでるっ。 学校で公私混同しないでよね! ……って。私が言えた義理じゃないけど。 でも良かった。 相澤先生、こないだからちょっと様子がおかしかったから心配してたんだけど…… すっかり、いつもの相澤先生に戻ってる。
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