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交差する未来
今日の最低気温は氷点下にまで落ち込んでいた。
昨日から日本列島に入ってきた寒気の影響で気温は下がる一方だ。
明後日のクリスマスイヴには平野部でも雪が積もるかもなんて予報が出ている。
ホワイトクリスマスなんてとてもロマンチックだし期待してしまうけれども、こういうのって大騒ぎするだけで大して降らなかったりするんだよね。
その日のためにとヒールの高い靴を買ったので、積もられると逆に困るなあ……
「ねえ知ってる?あの噂。」
「あれでしょ?私も見た見た。」
なんだろう…学校へと歩いている生徒達がみんなコソコソしながら話をしている。
なんだろうと気になりつつも、学校へと急いだ。
「マキちゃん。ちょっと良い?」
職員用の下駄箱で靴を履き替えていると菊池君から声をかけられた。
なんだかとても神妙な顔付きだ……
情報処理室へと連れていかれ、中に入るとパソコンの前で玉置君が座っていた。
「なんなの?どうしたの二人とも?」
二人の張り詰めたような雰囲気に肌がピリピリとしてきた。
玉置君が隣に座ってと指で示すので、わけも分からずに椅子に腰を下ろした。
「昨日からQちゃんねるに相澤先生のスレが立ってるんだ。」
えっ……相澤先生、の?
Qちゃんねるとは日本最大の匿名掲示板サイトのことである。
あらゆるジャンルの専門掲示板があって使い様によっては便利なサイトなのだが、書き込み内容が過激なことからネガティブなイメージを持たれがちだ。
実際、巨大サイトであるが故の無法地帯になっているのが現状だ。
「なんでそんなところに相澤先生のスレが立つの?」
スレとはスレッドの略語で、数ある掲示板のジャンルの中で、相澤先生のことだけを話題にして語るページが作られたということである。
「先ずはこれを見て。某SNS上にアップされてた女装ファッションショーの動画を見た人からのレスなんだけど……」
玉置君はパソコンのキーボードを素早い手つきで操作すると、画面上にそのメッセージを表示させた。
───この教師、桐生 智之じゃね?
……きりゅう ともゆき?
相澤先生の下の名前は確かに智之だけど……
「玉置君。桐生 智之って?」
────桐生 智之。
日本最大の勢力を誇る指定暴力団・神戸川中組の二次団体である桐生会の組長、桐生 卓三の一人息子。
画面上の文字を読んでも、すぐには理解することが出来なかった。
「生年月日が一致してるし、幼い頃に亡くなった母親の旧姓が相澤だ。桐生 智之は相澤先生とみて間違いない。」
相澤先生が、ヤクザの…息子?
だって……
相澤先生はそんなこと、私には何も……
息がしづらくなって胸に手を当てた。
この動機がなんなのか、自分でも自分の気持ちが整理しきれない……
菊池君が私の背中を優しくさすってくれた。
「マキちゃん覚えてる?俺がヤクザから金をゆすられてたのを相澤先生が助けてくれたこと。」
……はっきりと覚えてる─────
ヤクザが菊池君を脅して、自分の姪への慰謝料だと言って百万円を要求してきたんだ。
姪がやりすぎだからもう止めてと頼んでも、組が絡んでることだから無理だと言っていたのに、相澤先生が電話をしたらすぐに取り下げたんだ……
私だってあの時は変だと思った。
でも、相澤先生は何度聞いてもはぐらかすばかりで……
相澤先生の素性が自分より格上の組長の息子だったのだとしたら、あのヤクザがなぜすんなりと身を引いたのかが納得出来た。
「そのレスに興味を持った特定厨がいたんだろうね。すぐさま調べてQチャンネルにこのスレを立てたんだ。」
───今ウワサの3次元ルイ先生こと相澤先生。実はヤクザの息子、桐生 智之だった。
都内で高校教師とか?人に物教えるって何様??
偉そうに先生だとか草生えるわwwwwww
なんなのこの悪意の塊のようなスレ……
実際の相澤先生のことなんてなにも知らないくせに。
ヤクザの息子ってだけで、なんでここまで言われなきゃならないの?
悔しくって涙が出そうになった。
「でもさあ玉置。相澤先生って名前も変えてるってことは、ヤクザの家とは縁を切ってんじゃねえの?」
「ああ。だからこんなのクソスレだよ。親がヤクザだろうが犯罪者だろうが子供にはなんの罪もないって擁護するレスが大半だし。」
でも……と言って玉置君は下唇をきゅっと噛んだ。
玉置君がキーボードを叩いて次に見せてくれた画面は、相澤先生が通っていたとうい緑ヶ丘高校の裏サイトだった。
日付は10年も前のもので、そこには橘という女子生徒が学校辞めた理由が話題に上がっていた。
「相澤先生が過去に関係したある事件が掲示板に暴露されたことで、非難中傷のレスが一気に増えて炎上したんだ。」
橘さんが辞めた理由は集団強姦だった。
市内の繁華街にたむろしていた半グレと呼ばれる少年グループに襲われたのだ。
そして、その現場には桐生…相澤先生もいた。
相澤先生は犯行に及んだ半グレの中心的メンバーだったのだ。
信じられない。
信じたくはないのだけれど──────
裏サイトに載っていた一枚の写真。
半グレメンバーらしき少年ら15人ほどが写っていた。
その中に…まだ幼い顔立ちの………
「……相澤先生っ……」
鋭いナイフで貫かれたかのような痛みが心臓に走り、目の前が真っ暗になった。
「マキちゃんっ?!」
私はそのまま、意識を失ってしまった──────
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