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でも、落ち着くのはいつになるのだろう……?
Qちゃんねるでは相澤先生関係のスレは乱立していて、非難中傷のレスも増える一方だ。
学校の周りではゴシップ誌を取り扱う記者らしき人までウロウロとしている……
「年が開けたら落ち着くのかな?」
「でも…一度ネットに流れたことって消せないんだろ?」
「相澤先生がずっと悪者のままだなんて嫌だよ……」
再び生徒達に動揺が広がる中で、菊池君が壇上へと上がった。
「こんにちは。三年A組の菊池 翔太です。」
菊池君は礼儀正しく挨拶をすると、マイクに向かって自分のことを語り始めた。
「俺は二年生の夏に、右足に大怪我を負いました。」
菊地君はこの学校にはサッカーのスポーツ特待生で推薦入学してきた。
17歳以下のサッカーのナショナルチームであるU-17にも選ばれるほどの実力の持ち主だった。
将来も有望視され、いずれプロになるだろうと言われていたのに……
「怪我は治っても前みたいな調子には戻らなくて……そん時はもう、サッカーは辞めようと思ってた。でも、相澤先生がなかなか諦めてくれなくて……」
自暴自棄になって問題行動ばかり起こすようになってしまったこと。
それでも相澤先生がしつこいくらいに練習に誘ってきては付き合ってくれたこと。
退学になりそうになっても、必死で庇い続けてくれた相澤先生のことを、菊池君は切々と話し続けた。
「こないだスポーツ推薦の合格通知をもらったんだ。俺は大学でもまた大好きなサッカーが出来る。相澤先生には感謝してもしきれない……」
そこまで言い終えると、菊池君は目をつむってゆっくりと深呼吸をした。
相澤先生は菊池君から合格したと聞かされた時、自分のことのように喜んだ。
あの相澤先生が目にうっすらと涙を浮かべてたんだ……
菊池君は静まり返っていた体育館に響き渡るように、両手で演台をバンと叩いた。
「俺は……このことを実名でQちゃんねるに書く。」
生徒達が一気にザワついた。
Qちゃんねるは日本最大の匿名掲示板であり、膨大な数のユーザーがいる。
日々炎上騒ぎが起き、特定厨や特定職人が次のターゲットを求めて徘徊しているような場所だ。
教頭先生が慌てて菊池君に駆け寄った。
「止めなさい菊池君!そんなことをして問題が起きて、せっかくもらえた合格が取り消されたらどうするの?!」
教頭先生の言う通りかも知れない。
わざわざ実名を暴露するだなんて、自分からエサをあげるようなものだ。
「わ、私も……!」
一人の女子生徒が遠慮気味に手を上げた。
二年B組の田口さんだ。
「私のうちは母子家庭で…母親は昼も夜も休まず働いてるから一人が当たり前だった。家にはいつもネコのチャトラしかいなくて……」
なんでも引き受けてくれる田口さんは、お母さんが頑張ってくれているから私もつい頑張っちゃうんだよね〜と言っていた。
「でもそのチャトラが逃げちゃって、相澤先生が一晩中駆けずり回って探してくれたの。大人の人に頼っていいんだって…初めてホッとした……」
今度はすぐ横にいた男子生徒が手を挙げた。
図体ばかりデカい、泣き虫柿ピーだ。
「俺も…体裁ばっかり気にして誰にも本音言えねえんだけど……相澤先生にはなんでも話せるんだ。いつも何時間でも叱咤激励して聞いてくれることをQちゃんねるに書くよっ!」
教頭先生がヒステリックに止めるのも聞かず、そのあとも次々と実名で書くと名乗りを上げる生徒が現れた。
みんな相澤先生が戻ってきて欲しいと願っている。
黙って去らなければならなかった、10年前とは違うんだ。
そうだよ……
相澤先生がいないことを、当たり前になんかにさせちゃいけないっ──────
「玉置君、相澤先生への誹謗中傷が書かれた掲示板て消すことは出来ないのかな?」
私はすぐ横にいた玉置君の腕にしがみつきながら聞いてみた。
匿名だからって好き勝手に嘘ばかり書かれた掲示板を放っては置けない。
「削除依頼なら出来るけど、大勢の人が既にコピーしてるだろうからね。完全に消すことなんて不可能だよ。」
一度流れてしまった情報はネットの世界を永遠に漂うことになる。
頭ではわかってはいたけれど……
「でも、上書きすることなら出来る。」
「……上書き?」
「デタラメな悪評に確かな情報を提示して、一つ一つ論破するんだ。それは間違ってますってね。」
騒がれている今だからこそ、正しい情報をデマと同様に拡散させることが出来るのだという。
「でも人手がいる。なんせ膨大な量だから……」
我が桜坂高校にはパソコン部がある。
パソコン甲子園と呼ばれる全国高等学校パソコンコンクール にて、毎年本選へと出場している強豪クラブだ。
そしてその顧問が──────
「桐ヶ谷先生っ!」
「もちろん協力しますよ。部員に緊急招集かけますね。」
私はパソコンが苦手だ。
スマホでさえ怪しい時がある……
でも……でもっ、後ろからサポートくらいなら出来る!
「玉置君!私はお茶くみとか肩もみとか、なんでもするから任せてっ。」
常に無表情な玉置君が珍しく吹き出した。
た、玉置君……?
玉置君はコホンと咳払いをすると、気合を入れて言った。
「今夜が勝負だ。一気に流れを変えよう。」
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