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「……きた…本人だっ!」
玉置君が興奮気味に叫んだ。
本人て?
気になって玉置君のパソコンの画面を覗いて見た。
────私は、橘 まゆみです。
Qちゃんねるの掲示板に、あの事件の被害者である橘さんが現れたのだ。
信じられない……
彼女の顔写真は無断で何枚も晒され、強姦された時に妊娠して下ろしただとか散々なことが書かれていたのだ。
きっと彼女がしているSNSには心無いメッセージがたくさん送られてきたはずだ。
こんな掲示板…見たくもないだろうに……
菅原がどうせなりすましだろ?鬼女おつ。と馬鹿にしたように罵った。
匿名なのをいいことに言いたい放題である。
────私は貴方が誰だか知っています。小・中・高と同じ学校だったS君ですよね?小五の時、遠足でお漏らししてたよね?そっちこそお疲れ様。
えっ……なんで橘さんがコイツを菅原だって知ってるの?
「彼女のSNSにメッセージを送っておいたんだ。今回の炎上の主犯格は菅原 保だって。文句言うなら今だよってURL付きでね。」
玉置君…いつの間に橘さんにそんなメッセージを……
掲示板にくるように仕向けたんだ。策士だね……
好きな子に恥ずかしい過去をバラされたのが効いたのか、菅原のレスはピタリと止んだ。
「真木先生。彼女からいろいろ聞き出してみて。」
「えっ…私がっ?」
あの事件の真相をみんなに納得してもらうには、彼女ほどの適任者はいないのだという。
話をするように上手く誘導してと言われたのだけれど、私にそんな大役は無理だっ。
断ったのに玉置君に無理矢理パソコンの前に座らされてしまった。
早くと玉置君が目で圧をかけてくる……
情報処理室にいるみんながそれぞれのパソコンで見守る中、緊張で湿った指でキーボードを叩いた。
───こんにちは橘さん。いろいろ聞いてもいいですか?
───どうぞ。
───あなたは相澤先生と真剣に付き合っていたんですよね?
「真木先生っ、相澤じゃなくて彼女にとっては桐生だから!」
玉置君に怒られてしまった。
そうだった…慌てて訂正しようとしたらすぐにレスが入った。
───付き合ってました。彼も私も凄く愛し合ってました。
自分で聞いておきながらショックを受けてしまった。
命懸けで守ったんだもん……
そりゃ…相澤先生だって彼女のこと愛してたよね……
「真木先生フリーズしない!昔のことだから。」
───智之君とは将来、結婚しようねって言い合ってたんですよ?子供は2人で、庭のある家がいいねっなんて(笑)
けっけけ、結婚?!私にはそんなこと言ってくれたことなんて一回もないっ!
なにこれ…すっごい負けた感が半端ないんだけど……
まさかこれがきっかけで相澤先生とよりが戻るなんてことは起きないよね?
やり取りを見ていた人達からもモトサヤ〜!とかコングラッチュレーション♡等のレスが並んだ。
やだやだやだやだやだ、やだあ────っ!!
「ちょっと真木先生!泣きそうになってる場合じゃないから!」
「だってだってだってぇえ!!」
───智之君があの時大怪我を負いながらも必死で私のことを守ってくれた。だから私はその後も普通の生活を送ることが出来て、今の家族との幸せがあります。
……家族?今の家族って?
「橘さんは今は旦那さんと子供も二人いて、海外で幸せに暮らしてるんだよ。」
「それを先に言ってよ玉置君!!」
「だから昔のことだって言っただろ?!もう!真木先生面倒臭いんだけどっ!!」
玉置君が私を押しのけて代わりにキーボードを叩いた。
───彼はあの事件の時に、あなたになにか酷いことをしましたか?
───とんでもない。酷いことをしたのは私です。お礼を言うことも出来ず、会えないまま、父に逆らうのが怖くて転校してしまったんですから。
橘さんを責めるつもりはない。
自分を襲おうとする半グレのメンバーに囲まれ、大好きな彼氏が目の前でボロボロに傷付けられ、とてつもない恐怖を味わったと思う。
でも……
でもこの時……橘さんが真実を語ってくれていたら、相澤先生のその後は大きく変わっていたのかも知れない……
そう思うと悲しくて……
───あなたは智之君のお知り合いの方ですか?
───なら伝えて下さい。
───〝ありがとう〟って。
……最後のメッセージは、涙で霞んで見えなかった。
片付けも全て終わってパソコン部の子達にお礼を言って見送った頃には、時間は正午を過ぎていた。
あとは相澤先生に連絡をするだけなのに、電話は何度かけても通じなかった。
充電が切れてしまったのだろうか?
それとも…もう連絡を取る気がないのだろうか……
学校のみんなにLINEで聞いてみても、誰も相澤先生を目撃した人が見つからない。
今日はクリスマスイヴなのに、相澤先生はもうこの街を去って戻る気もないのだろうか……
悪い方にばかり考えてしまう─────
「マキちゃん、相澤先生と約束してないの?」
「ホテルのレストランを予約してるけど……」
相澤先生がこの日のためにとわざわざ取ってくれて、毎日毎日早く来ないかなあとすっごく楽しみにしていた。
でも、もう………
「それって何時?早く支度して向かってた方がいいよ。」
今日は西から爆弾低気圧が近付いており、昼から大雪が降るらしい。
雪に弱い都会の街は、必ずといっていいほど交通網が麻痺する。
桐ヶ谷先生が窓を開けて西の空を確認すると、すでに真っ黒にかすんでいた。
冷たい風が吹き抜け、教室にもチラチラと大粒の雪が舞い上がった。
「……相澤先生、来るかな……?」
自信が全く持てない私に、玉置君と菊池君が笑顔で答えてくれた。
「相澤先生が真木先生との約束を破るとは思えない。」
「とびきり可愛くして行くんだよ、マキちゃん。」
玉置君……菊池君………
来ないかも知れない。会えないかも知れない。
それでも私は──────………
「……うんっ。行ってくるね!」
─────約束の場所で相澤先生を待ちたい。
学校を出て家に着く頃には、街はぼたん雪で真っ白に染まり始めていた。
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