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熱い雪の夜
「うっ……ん、上まで……あ、あがらないっ!」
一目惚れして買ったワンピースなのだけれど、背中のファスナーに手が届かないっ!
髪の毛も当初考えてた編み込みのじゃ時間がかかりすぎる。
ワンピースに合わせて買ったハイヒールも、雪の上を歩くには不向きだ。
でも今更買いに行くなんて無理だし……
それに素足にストッキングのみじゃ、この寒さをしのげないよね……?
あぁあっ!
スマホの充電が虫の息だっ!
慌てて充電器にさそうとしたらコードに引っかかってつんのめった。
落ち着け〜落ち着け〜私っ!
ファスナーはネックレスの留め具をかけて引っ張り上げれば良し。髪の毛はヘアアイロンでふんわり巻いて、靴は……踏ん張って歩けばなんとかなるさ!
バタバタしながらもなんとか支度を済ませ、鏡で最終チェックをした。
睦美先生からもらった下着ももちろん装着済みだ。
うん、我ながらバッチリだ!
こんだけ頑張っても、肝心の相澤先生が居ない可能性があるんだよね……
……って、ネガティブにもなるな!!
気合いを入れるために頬をパンと叩いた。
力が入りすぎて結構痛かった。
トンネルを抜けるとそこは雪国だったという歌があったけれど、まさに、玄関を開けるとそこは雪国だった。
たった数時間の間にこんなにも積もるだなんて……
空から落ちてくる雪もますます勢いを増していた。
これ…無事にたどり着けるのかな……
マンションの外に出たとたん冷たい強風が吹いた。
スカートの中にまで雪が吹き込んできてめっちゃ寒いっ!
今なら帰って毛糸のパンツに分厚いババシャツを着込んでこれるけど……
いやいや、ムード満点の雰囲気の中、脱がせてそんな色気のない下着だなんて有り得ない。
オシャレは我慢だってかの誰かが言ったとか言わないとか。
女は度胸だとも…いや、愛嬌だったか?
にしても処女膜が凍りつきそうだっ!
パリンて割れたらどうしようっ?
あああ……寒さで思考回路がぶっ壊れてる〜っ!
雪の影響で電車が遅れてるせいか超満員状態だった。
いつもはぎゅうぎゅう詰めなんて嫌だけど、今日は人肌が温かくて助かる。
隣の熱を発するデブまで心地よく感じた。
余裕を持って家を出たからかなり早く着きそうだ。
ホテルのティーラウンジでコーヒーでも飲んで時間を潰そうかな。
案外相澤先生もいたりして。
寒かった〜っとか言って後ろから抱きついたらビックリするかな?
なんて妄想を膨らませていたら電車が駅でもないのに緊急停車した。
「ただいま雪の影響で前方の踏切内で車が立ち往生しております。しばらくお待ち下さい。」
車内は少しザワついたものの、すぐに静かになった。
吹き付ける風の音に混じって、消防車のサイレンの音が聞こえた。
もうしばらくお待ち下さいのアナウンスが繰り返されるだけでなかなか電車は動き出さず、身動きも出来ない車内はだんだんと苛立ちの空気が流れてきた。
隣のデブが汗で湿気ってきた。私の化粧が崩れそうだ。
いろいろと情報を集めたくてスマホをいじっていたら充電が切れた。
最近直ぐに無くなるんだよね…買い替えなきゃダメよね……
一時間後にようやく動き出し、クタクタになりながらも乗り換えの駅で降りたら、次に乗る線が風の影響で運休となっていた。
「マジかっ!!」
タクシー乗り場に向かったら長蛇の列が出来ていた。こんな薄着であの行列に並んだら凍死してしまう。
まだ地下鉄は動いているらしい。かなり遠回りにはなるが贅沢は言ってられない。
地下街を通って駅まで行くと大勢の人でごった返しており、入場規制が行われていた。
電車の本数も極端に少ないようだった。
これ…間に合わないかも……
はっ……乗る方向間違えた!
えっ、ここどこ?
スマホの位置情報っ……充電切れてるんだった!
途中外国人から道を尋ねられてしまった。
ヘルプミーは私の方なのに!!
ようやく目的の駅へと辿り着いた頃には身も心もボロボロになっていた。
それでもなんとかホテルへと行こうと駅から一歩踏み出したら、雪道に足を取られて滑って転んでしこたまお尻を打った。
もう…サイアクだ……
張り切ってヒールの高い靴なんか買うんじゃなかった。
散々迷った挙句、何時間も電車を行ったり来たりしてしまった。
もう時計は22時を回っていた。
─────レストラン…閉まってるよね……
この日のためにと買った服も靴も、ばっちりセットした髪もメイクも、人混みと雪にまみれてぐちゃぐちゃだ。
せっかくのクリスマスイヴなのに、こんな所で、こんな姿で……
好きな人にも会うことも出来ずに一人っきり……
やるせない気持ちが込み上げてきて泣けてきた。
「ケツ、霜焼けになるぞ?」
雪の上に座り込む私に誰かが軽口を叩いてきた。
「よっ。マキマキ。」
私のことをフルネームで呼ぶのは一人しかいない。
いつもと何も変わらない様子の相澤先生が目の前にいた。
そう…いつもと全く変わらない。何事もなかったかのように…なーんも悪びれることなく……っ!
こっちは、この二日間、どんな気持ちでいたと思ってるんだ!!
「なんでいつもいつもいつもそうやって自分勝手なんですかあ─────っ!!」
無性に腹が立ってきて相澤先生の胸を何度も叩いた。
違うと思いながらも、何度も何度も頭に過った。
このまま…私達は別れてしまうんじゃないかって……
「勝手に出ていくなんて酷いっ!!」
「ちゃんと置き手紙しただろ?」
「あんなチラシの裏に走り書きしたようなのじゃ何もわかんない!!」
泣きながらポカポカと叩いていたら手首を捕まれ、相澤先生に引き寄せられた。
「だよな……ごめん。本当は迷ってた……」
私を抱きしめる腕の力が強くて苦しいくらいだった。
「……俺なんかじゃ、またマキマキを汚してしまうんじゃないかって……そんな辛い思いをするくらいなら、このまま別れる方が楽なんじゃないかって……」
私を……また汚す?
それは、10年前のことと重ねているのだろうか……
相澤先生は、何も悪くなんかないのに……
「一人なんて慣れてたし、また一人に戻るだけだって思ってた。だけど……別れる方が辛くて……」
抱きしめる力を緩めると、私の顔を両手でそっと包んだ。
「やっぱ俺、おまえのこと……手離すなんて無理だ。」
─────相澤先生………
頬に触れる手が冷たい─────
それがなんだか私には、相澤先生が今までずっと抱えてきた孤独のように思えてきて……
私はこの手を、ずっとそばで温めていてあげたいと思ったんだ。
「相澤先生……約束して下さい。」
私は相澤先生の手を上からギュッと握りしめた。
私の手も大概冷たいけれど、お互いの肌がピッタリと合わされば微かな温もりが生まれた。
「この先…私とのことを、もう迷わないって。」
相澤先生は少し驚いたような表情を見せたあと、目を細めて嬉しそうに笑った。
「……約束する。」
私の頬を引き寄せ、キスをしようとした相澤先生の口を両手で塞いだ。
「なんでこのタイミングで嫌がるんだよ?」
「報告しなきゃいけないことがいっぱいあるので……」
「それなら菊池と玉置から電話もらって全部聞いたよ。」
「相澤先生の電話通じたんですか?」
「いや。一人で待ちぼうけ食らってたレストランに直接かかってきた。」
相澤先生…待っててくれてたんだ。
「……それは…本当にごめんなさい……」
二人にはホテル名は言ってなかったのに、片っ端からかけてくれたようだった。
真木先生は必ず行くからそこで待ってるようにって。
想像していた以上に雪が酷くて電車が早々と運休になるし、私のスマホも通じないしで心配かけちゃったかな……
相澤先生のスマホは鳴り止まないイタズラ電話に腹が立って壁にブン投げたらぶっ壊れたそうな。
なんてことを……
「今度は嫌がるなよ?ディナーすっぽかした罰だ。」
相澤先生は私の口を指で軽く押し広げると、狂おしいほどに唇を重ねてきた。
今までしたどのキスよりも相澤先生が奥に入ってくる……
悪天候で人通りは少ないけれど、道行く人の視線を感じた。
相澤先生の熱が冷えた体にジンと染み渡る……
会えなかった二日分の寂しさを埋めるには十分すぎるほどの熱烈なキスに、立っていられなくなってきた。
火照ってきたのか体が異常なほど熱い……
もうヤケドしそうなくらいに脇腹の辺りだけが部分的にあっつい!
「相澤先生!なんか熱いです!」
「うん?ああ……豚まんか。」
手に持っていたコンビニの袋から取り出したのは肉まんだった。
相澤先生って……関西生まれだから肉まんのこと豚まんて言うんだ。ちょっと可愛い……
「マキマキもお腹減ってるだろ?」
今度は口に豚まんを突っ込まれてしまった。
レストランでのコース料理が豚まんになってしまったけれど、ふかふかでとっても美味しかった。
「とりあえず部屋いって温まろうか。寒いわ。」
そ、そうだった……
ディナーは間に合わなかったけれど、ホテルにお泊まりはこれからだった。
今のキスよりヤラシイことをするんだ……ドキドキ。
「その部屋ジャクジー付きで泡風呂に出来るらしいけど、入る?」
泡風呂なんて外国の映画でしか見たことがないっ!
「うんっ!」
「一緒に。」
「うんっ!」
う………ん?
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