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エピローグ ずっと2人で。
「だ〜か〜ら〜!爬虫類だけは止めろ!!」
「だって可哀想じゃないですか〜このイグアナ。きっと飼い主から捨てられたんですよ?」
職員室でさっきから相澤先生と田口さんがバトっている。
猫のチャトラとインコのピッピに続き、校庭に迷い込んで保護されていたイグアナをうちで飼いたいと田口さんが言い出したのだ。
爬虫類は逃げても見分けがつかないから探してあげられないだとかなんだとかいろいろ言っているけれど、相澤先生の肌にすんごい鳥肌が立っている。
知らなかった…相澤先生って爬虫類苦手なんだ。
私も得意ではないけれど。
田口さん、よくあんな緑色の恐竜みたいな生き物を素手で触れるな……50cmは優にある。
「良かったら私が面倒見ましょうか?」
桐ヶ谷先生が横から助け舟を出した。
「この子は譲りません!私が飼いたいんです!」
「でもそれはグリーンイグアナといって、成長したら最大2mにもなりますよ?」
2mと聞いて相澤先生の顔が引きつった。
桐ヶ谷先生は田口さんからイグアナを受け取ると、赤子のように腕に抱きしめた。
なんだろう……すっごく絵になる。
「では相澤先生にもお別れを言いましょうね〜。」
桐ヶ谷先生から胸にぐいっとイグアナを差し出された相澤先生は、後ろに反り返って椅子ごとすっ転んだ。
「桐ヶ谷!俺にソレを近付けんな!!」
「こんなに可愛いのにね〜。よちよち。成長したらまた見せてあげますね♡」
「見たいわけがね──だろっ!!」
桐ヶ谷先生…相澤先生の新たな弱点を見つけて楽しそうだな……
昼休み。保健室のドアを開けると睦美先生が生徒達から恋愛相談を受けていた。
「睦美先生、玉置君いますか?」
睦美先生は上目遣いでこちらを見て微笑むと、指先を揃えた手で曲線を描くようにベッドを指先した。
さすが睦美先生…何気ない所作にも色気が漂っている。
あとで鏡の前で真似てみよう。
「玉置君、来年度の生徒会長に立候補してみない?」
カーテンを開けて声をかけると、寝ていた玉置君が気だるそうにベッドから起き上がった。
「俺がそんな面倒臭いこと引き受けると思う?」
「だって玉置君そういうの向いてるよ?」
「もしかして真木先生、来年の生徒会の顧問になりそうだから俺を引きずり込もうとしてる?」
うっ…玉置君鋭い……
でも、純粋に玉置君ならと推薦したい気持ちもあるのだけどな。
「玉置君が生徒会長になって張り切ってる姿、カッコイイと思うんだけどなあ……」
「また真木先生は…自覚なしに俺にそんなことを言うっ!やらないから!」
玉置君の顔が真っ赤になった。
これは……褒められて照れているのかな?
「玉置は素直じゃないね〜。内心嬉しくて仕方ないくせに。」
菊池君が隣のベッドからカーテンを開けて登場した。
玉置君もサボり魔だけど、菊池君も大概だからな……
全くこの二人は。保健室をなんだと思っているんだ。
「菊池先輩。余計な口出しは止めて下さい。」
「真木先生から頼まれたら玉置はなんでもするんだよな〜?」
「それは菊池先輩ですよね? 不毛なことなのによくやりますよね。」
「自分は違うみたいに言うのは止めろよな。」
「菊池先輩はもうすぐ卒業ですし、いい加減諦めたらどうですか?」
「自分はまだ一年あるからって言いたいのか?言っとくけど卒業しても部活の後輩指導で来るから!」
「しつこい男は嫌われますよ?」
「女の扱いもわからんやつに言われたくねえわ!」
二人の頭のてっぺんを、グーの手でゴチンとした。
「二人ともなにを言い合ってんの?!喧嘩しないっ!」
玉置君も菊池君も、私の顔をパチクリとした顔で見るなりガクンと項垂れた。
お互いの背中をポンポンと叩きあっている。
なんなの一体……?
仲が良いんだか悪いんだか……
「睦美先生見てくださいっ。コマさんからデートに誘われました〜!」
保健室に花先生までやって来た。
花先生はムッチー恋愛相談室の常連さんだ。
睦美先生からのアドバイスを受けてコマさんに熱烈なアプローチを続けた花先生は、まずはお友達からということで清い交際をスタートさせることが出来たのだ。
ウキウキ気分の花先生からコマさんのLINEメッセージを見せられた。
70代なのにスタンプを使いこなしている……
さすがコマさんだなと関心した。
桜坂高校は今日も平和だな……
あのネットでの騒ぎがまるで夢だったんじゃないかと思えるほどだ。
相澤先生がいてみんながいて……
あの騒ぎがあったからこそ、この繰り返される穏やかな毎日がとても大事なものなのだと気付かされた。
ではこれにて、このお話はめでたく終了〜って…うん?
私と相澤先生のその後?
アレが“もう”なのか、“まだ”なのかって?
そこ…気になっちゃいますか……
特に話すことなんて……ゴニョゴニョ。
相澤先生は相変わらずです。
口が悪くて自分勝手でデリカシーがないっ。
いや…更にパワーアップしてるかも……
「相澤先生っ!なんでまた裸なんですか?!服を来て下さい、服を!!」
「毎日見て触ってるくせに今更照れんなよ。」
「だからって真っ裸でソファに座ってポテチ食べながらテレビ見てるだなんてどうかしてる!!」
「俺は平気だけど?」
「私が気にするんですってば!!」
私にしつこく注意され、渋々とパンツだけは履いてくれた。
まだ寒いのによく風邪引かないよね……
そう、私、毎日ベッドで相澤先生の裸見てます。触ってます。てか、触られてます。
前に相澤先生、俺はかなりスケベで毎日ヤリたいとか言ってたんだけれど、本当に毎日求めてくるんだもん。
学校ではドS全開で鬼のように接してくるくせに、家では隙さえあればイチャイチャしようとしてくる……
オンとオフの差が激しいったらない。
「マキマキ。なんもしないからちょっとだけ横に座って。」
「……信用出来ません。」
学年末試験の問題を今日中に仕上げたいのに、裸族の人になんか付き合ってらんない。
自分の部屋に鍵をかけて閉じこもろうとしたら、後ろからひょいと持ち上げられて無理矢理座らされてしまった。
「早速服に手え突っ込んでるじゃないですか!!」
「だって手が冷てえんだもん。」
「だったら服を着ろ!!」
「ヤダね。マキマキも脱げ。」
「今日はしないったらしないっ!」
「俺がするっつったらするっ!」
「あっ…ん、もう!相澤先生10分で済まして下さい!」
「……マキマキも言うようになったよな。」
私と相澤先生はだいたいこんな毎日です。
過去にどれだけ辛いことがあっても、貴方とならば乗り越えられる───────
そんな人と出会うことが出来たのなら、それはとてもとても素敵なことだ。
春休みに入り、私達は神戸に来ていた。
山の頂上近くにある広大な敷地は見晴らしが良くて、遠くに平野や海峡を一望することが出来た。
緑も多くて噴水もあり、季節ごとの花々も植えられている。
想像していたのとはまるで違う、西洋のガーデニングみたいな場所に圧倒されてしまっていた。
「マキマキ、こっち。」
キョロキョロしすぎて迷子になりそうな私を、相澤先生が手招きしながら呼んでくれた。
相澤先生が着いたよと言って立ち止まった区画には、背の低い、オルガン型と呼ばれる洋風の墓石があった。
これが…相澤先生のお母さんとお父さんが眠るお墓なんだ……
「ヤクザの家らしからぬ墓だろ?」
お父さんが若くして亡くなったお母さんのために、少しでも居心地の良いようにと悩みに悩んで建てたお墓なのだという……
お墓には漢字で一文字、【偲】と書かれていた。
シノブと読み、懐かしく思い出す。という意味らしい。
「素敵なお墓だね……」
このお墓を見ただけで、お父さんがどれだけお母さんを愛していたのかが伝わってきた。
お墓のすぐ近くには満開の桜の木があった。
「親父とお袋って20も年が離れてたんだ。親父ヤクザだったし…まあ普通なら相手は引くわな。」
「でもお父さんは諦めなかったんだね。」
「桜の木の妖精だって本気で思ったらしいぜ?40過ぎのおっさんがバカだよな。」
お父さんは桜の木の下に立つお母さんに一目惚れをしたのだという……
桜は二人にとっては思い出の1ページ目にある、とても大切なものなのだ。
「俺がマキマキと出会ったのも去年の今頃だったよな。おまえ、桜の木の下でボールに当たってぶっ倒れてたな。」
お父さん達のような綺麗な出会いではないな……
やり直せるものならやり直したい。
「お父さん…今頃お母さんと幸せに暮らしてるかな?」
「そうだな。ベタ惚れだったからな。それも俺とおんなじか……」
相澤先生は少し頬を赤らめ、私の手を取り行こうかと言って歩き出した。
自分で言っといて照れてる……
ホント、自分の気持ちを言うのが苦手なんだから。
「私も相澤先生にベタ惚れですよ?」
「……そりゃ、どうも。」
「こっち見て下さいよ相澤先生っ。」
「うるせえなあ。あっち見とけ。」
「いつもみたいにキスしてくれないんですか?」
「ちょっと今止めて……察して。」
私が唇を尖らせてすねていると、相澤先生は赤い顔で照れくさそうにしながらも、優しく…キスをしてくれた。
先のことなんて誰にもわからない。
でも……ただひとつ言えることは
繋いだこの手を
この先へと続く未来の中で
永遠に離すことはないだろう──────……
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