白き薔薇と深紅の薔薇Ⅱ

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白き薔薇と深紅の薔薇Ⅱ

椿姫が月島を客室に通しておけと言うので、茂子と雪絵はしぶしぶ、月島花蓮を屋敷の中へ通すことにした。 茂子と雪絵が花蓮に会うことは初めてだった。ただ、いつも椿姫を苦しめる存在として二人は認知していたため、見た目がどうであろうと好印象を持つはずがない。 「…あ、あの。ありがとうございます」 客室に案内された月島は、男なら守ってあげたいと思うような、たおやかで美しい女だった。 椿姫ほどではないにしても、十分に魅力を持っている。 「いえ、椿姫様のご命令ですので」 しかし十分に魅力を持っていようがいまいが、椿姫を苦しめていたのは間違いなくこの女だ。そしてこの女は、間違いなくそのことを自覚していない馬鹿者だ。茂子は長年、椿姫の傍にいて社交界というものをしっているが、このタイプの女は、相当社交界でもてはやされるであろう。社交界の女はある程度、自分に自信をもっているものが多く、それに辟易してしまう男が多い。だから、このように控えめで淑やかで、いかにも自分に自信のなさそうな女はより魅力的にうつるのだ。そしてこの女の質の悪いところは、その魅力を無意識に最大限、ひきだして男を寄せ付けているところだ。常に下がった眉と、潤んだ瞳が、自身が愛らしいと自覚をし始めた女の証拠ではないか。茂子はそんな風に、すこし偏った考えを抱いた。 「ごめんなさい…今日は宗政様に」 花蓮が、常に下がった眉をより一層下げた時、雪絵の苛立ちは頂点に達した。 「御桜町家当主であらせられる旦那様を下の名前で呼んでも良いのは、奥方であらせられる椿姫様だけでございます。どうぞ、無礼のないように。本来であれば御簾を隔ててでも会えない御方なのですから」 雪絵が侮辱を含んだ声音で言うと、茂子は焦って、すぐさま花蓮に謝罪した。 「ちょっと!申し訳ございません。この子はまだ如何せん若く」 茂子がそこまで言うと、花蓮はまた困ったように笑ってこくりと頷いた。 「い、いえ、大丈夫です。全く気にしていませんから。宗政様にはなにも言いません」 その言葉に茂子も少し苛立った。全く気にしていないだと?それはそれでいかがなものか。 間違いなく、椿姫の喉元に刃の切っ先をあてていたのは、この女であるのに、その自覚がない?あるいは、今日きた理由が、椿姫の謝罪でないとすれば一体なんだ。 「お茶をお入れいたします」 茂子は、我慢ができなくなってその場を一旦辞した。 自分の大切な主人が水浸しになって病院に搬送された情景が今でも目に浮かぶ。あの時の茂子は、怒りとか、悲しみとか、そんな感情を全て混ぜ合わせたような不可解な感情に苦しめられていた。その感覚がフラッシュバックを引き起こして、胃のあたりをムカムカとさせる。 (いけない。椿姫様付き筆頭の使用人として、このままでは) 茂子は、徐々に青ざめていく顔を一度手でパチンと叩いて、ゆっくりと前を向いた。 そして厨房の方へと歩き出す。 (しっかりなさい。いついかなる時も、椿姫様の傍を離れてはいけない) 茂子は椿姫が御桜町家に嫁ぐ時、麗花から言われていた。「椿姫のことを頼みます。どうかあの子が健やかであれるように」 茂子はそれをきちんと守りぬいている。茂子自身、椿姫のことが大切であったから余計に、その言葉は茂子に使命感と責任を背負わせた。しかしその重さは決して茂子にとってつらいものではなかった。 (椿姫様の支度が整う前に、早く部屋へ戻らないと) 茂子は厨房に着くと、すぐさまお茶の準備を始めた。椿姫の心がなんとか和らぐように、椿姫の大好きな薔薇の花びらを加工した茶葉を使おう。茂子がそうと決めて椿姫が気に入っているカップをガラスポットを取り出し、着々と準備を進めていった。 すると、厨房の入口から雪絵がひょっこりと顔を覗かせて、「椿姫様の支度が終わったそうです」と、茂子に告げた。茂子は「わかったわ」と言い、雪絵にティーセットを運ぶようにと告げて、すぐさま主のもとへと向かった。
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