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もう一度あなたに
それから数時間がたち、茂子がいくつかの資料をもって麗花の待つ客間にやってきた。
『…麗花様。申し訳ありません。さすが春野の家でございます。なかなか情報がつかめず、やっと送られてきた調査資料からは、彼が京都のどこかにいることしかわかりませんでした』
『あら、そこまで分かったなら十分よ』
『しかし、春野家が経営していらっしゃる旅館全てを調査させましたけれど、何も…』
『茂子、あなた大切なことを忘れているわ。夫人の母親は京都で有名な文化人、常盤園慈様よ。あの方はいくつか京都に隠れ家をもっていたはずだわ。隠れ家だから、すぐにはみつからないでしょうけど、疑いのある場所がいくつかある。四条河原町って噂もあるけど、おそらくそれは違う。あそこは人が多いもの。だから候補は絞られてくるわ。おそらく残りの2つのどちらかよ』
『なるほど、お詳しいのですね』
『あら、茂子。私はおじい様に連れられてよく京都へいっていたもの。当然よ』
誇らしげに笑う麗花は、茂子から渡された資料で、自らの胸を叩いた。
『ああ、そうでございましたね』
『ふふっ…さあ、京都だって分かったのなら、私達は京都へ行く支度をするわよ』
『いえ、あの、麗花様!まだ利史様が、京都のどこにいるか分からないのですが』
『でも、京都にいることに間違いはないのでしょう?なら、京都で報告を待つべきよ。調査する者にもそう伝えて頂戴』
『は……、はあ』
全く、麗花の行動には毎回驚かされてばかりだ。
しかし、そんな麗花を愛しくも思う。ボロボロになっても光輝き、何度でも立ち上がる彼女は、茂子が成りたいと願った未来の自分そのままの姿だ。
(あなたに仕えることができてわたくしは大変嬉しゅうございます)
茂子は知っている。利史から別れを告げられたあの日、使用人たちの前で気丈にふるまっていた麗花が、自室で声を上げて泣いていたことを。
────わたくしの方が利史様を幸せにできるのに……どうして利史様は、彼女を選ぶのかしら
そういって、泣いていた麗花を。
そして今、きちんと前を向いている麗花の姿を。
茂子はよく覚えている。
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