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優美な人
『……申し訳ありませんが、ここをお通しするわけにはいきません』
麗花と茂子の乗る車が、利史がいると思われる家の前につくと案の定、家の門を守備している者に止められた。
『いまのところ、わたくしは何も聞いておりませんので、御用があるのでしたら────』
『あら、急ぎの用だから直接来たんじゃない』
守備の者の声をかき消して、麗花が凛とした声を張り上げた。
車の扉を自らで開けて外へ出る麗花に運転手は焦ったように、運転席から飛び出す。
その手にもっているのは、質の良いレースの日傘だった。
『通しなさい。秋草の令嬢に逆らうおつもり?』
『……し、しかし』
『なんなら、当主夫人に確認してくれても良いのよ?……秋草の令嬢が利史様に会いたいと言っていると』
麗花のあまりにも堂々とした態度に気圧された守備の者は、おもむろにポケットに手を突っ込んで、携帯を取り出し『お待ちください』と言い置き、急いで門の中へと入っていった。
『よろしいのですか?麗花様』
『いいのよ。…夫人の目には、わたくしは恋に恋する愚かな小娘に映っているのでしょうからね』
『………』
麗花が皮肉気に呟くと、茂子は黙りこくった。運転手のさしかけられた日傘によって陰った麗花の横顔は、どこか憂いを帯びている。
やがて守備の者が戻ってくると、中から一人の女性が出てきた。柔らかで上品な面立ちが印象的だが、どこか底知れぬ威圧感のようなものがある。その威圧感に、麗花は既視感を覚えた。
『お、奥様…まだ、当主夫人に電話が繋がっていないのですが…』
『あら、ここは私の家やから、あの子の許可なんかいらんよ』
『し、しかし────』
守備の人間となにやら小声で話している人物は、雅やかな京友禅を着ていた。
(お忙しい方だから、隠れ家にいらっしゃることは滅多にないと聞いていたけれど……もしかして)
『常盤園慈様でいらっしゃいますか?』
麗花が緊張の面持ちで問いかけると、彼女はふわりと蓮の花が咲くように笑った。たおやかな顔に細かく皺がうくが、それが彼女の面立ちに柔らかさを加え、より美しく見せている。
『おこしやす。どうぞ、中へお入りになって』
なんの含みもない声でそう言われて、麗花は肩に入った力を緩ませる。しかしつかの間、園慈の瞳がするどく、茂子を捉えた。
『ただし…、彼女一人で』
『…っ』
守備の者に肩を抑えられた茂子はびくりと肩を震わせる。
『れ、麗花様…。どう致しましょう』
『…いいでしょう。一人で入ります。茂子、運転手と待っていて』
麗花は、茂子に言い置くと、そのまま園慈と共に建物の中へ入ってしまった。
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