名はその人を表すもの

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名はその人を表すもの

ここからは、麗花から聞いた話となる。 建物の中に入った麗花は、茶室へと案内されたらしい。そこで茶を嗜んだ後に、園慈に一言尋ねられたという。 『あなたは、利史さんを愛しているかしら?』 その問いに麗花はすぐさま首を横にふった。 『いいえ、愛していませんわ』 麗花の答えに園慈は苦笑いを浮かべた。 『孫が、あなたに大変苦しい思いをさせたようですわね。ごめんなさい』 頭を深く下げる園慈に、麗花もまた苦笑いを浮かべた。 『いいえ。わたくしが、それでも良いとあの方にいいましたから。園慈様に謝っていただくようなことはなにもございません』 『……ありがとう。あの子に会ってどないしはるおつもり?』 唐突に切りだされた質問に、麗花は先ほど茂子に問われた時のように考えこんだ。 『……あら、何も考えずにきてしもたん?……若いってええもんやねえ』 それはなんの嫌味もない口調だった。本当に、麗花の若い考えを羨むような。 実際、麗花は利史に会ってなにをするかを考えていなかった。ただ、利史を救いたいという一心で動いたものだから、利史に会うまでの過程はある程度予定がたてられても、その後は何も考えていない。だから、先ほど茂子に質問された時、麗花はあいまいに答えるしかできなかったのだ。 『ごめんなさい。ただ会うことしか考えておりませんでした』 麗花が素直にそう告げると、園慈は慈愛のこもった瞳で麗花の揺れる瞳を捉えた。麗花は賢くても、まだ若い。感情のままに動くことを未だに止めることができないのは仕方のないことだった。感情のままに出した行動に、なにかと理由をつけて京都まで来たけれど、本当のところ胸のうちは不安でいっぱいだった。利史に会えなかったらどうしようだとか、利史に会っても拒絶されたらどうしようだとか。そんなことばかりが頭をよぎった。 それでも、利史に会いたくて、会いたくて仕方がなくて。あんなにもひどいことをされたというのに、利史の悲しみに満ち溢れた瞳と、麗花に別れを告げた時の爛々と光っていた瞳を忘れることができない。 『わたくしは・・・あの方を心底愛おしく思います。ごめんなさい。愛していないなんて嘘ですわ。本当は苦しいくらい、愛してる』 まるで、広く先の見えない場所で両親とはぐれた迷い子のように声を震わせる麗花に、園慈は目を見開いて、やがて着物が床に擦れる音がして、麗花の小さな頭を暖かな手が優しく撫でた。 『あの子のことを、愛してくれてありがとう。……利史さんは左の回廊を渡って3つ目の藤の間にいますよって、案内しましょう』 麗花がはっとして園慈の顔を見ると、そこにはあまりにも美しい微笑があった。 『……利史さんをお願いします。麗花さん』 この時、麗花は自分もこんな風になりたいと強く思ったらしい。年老いてなお美しい顔立ちはもちろんだが、年を重ねたことに誇りを持ち、若い考えを否定せず、受け入れてくれる。 そんな人物になりたいと。麗花は心から願ったのだ。
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