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苛立ち
最近、妙に苛立ちを感じている。
そんな自分から目を背けたくて、利史は手元にあった赤ワインを一気にあおった。今日は、当主代理としての各方面への挨拶回りで疲れて、身体が鉛のように重かった。心なしか、苦しいけだるさが身体全体に纏わりついている気がする。
(ここは、昔から変わらない)
利史は、己の書斎の天井を仰ぎ見た。幾何学な模様の書かれた天井。そこに吊るされた大きなガラスのランプが古風な光を湛えて、部屋を照らしていた。
利史はため息を吐く。
今、胸から込み上げてくるものは、酒による熱か、それとも目を背けたいと願う現実に感じる激情か。
最近、麗花と時秋が共にいる所を見る機会が多くなった。
別に、なんてことはない。麗花と自分は仮初の夫婦だ。麗花がどこの誰と、それこそ実の弟と関係を深めていようとも、利史はなんとも思わない・・・はずで。
利史にとって麗花との結婚は、己の母親の望み通りになってしまった最悪の形なのだ。
だから、およそ一カ月後に迫る当主の座を受け継ぐパーティーが、利史には待ち遠しいものである…はずだったのだが。
(くっそ…どうして、こんな)
当主の座を正式に受け継ぎ、愛しい女性を迎えにいくことは、利史にとってなによりも嬉しいことのはずなのに、なぜか心の中は曇天で一向に晴れの兆しを見せない。
利史の心にある雲は、なぜか麗花と時秋が共にいるところをみることによって、その層を厚くし、色は灰から黒へと変化していく。そしてついには土砂降りの雨が降ったように、利史の心を重くした。
(……麗花)
心の中で麗花の名を呼べば、清らかな風が空虚な心の隙間を埋めてくれるような気がした。
(まだ、君は俺のことを────)
その先の言葉は、利史の心によって閉ざされる。自分でも身勝手なことを思っているという自覚はあった。麗花と恋人同士であった頃、自分がどれだけ彼女を傷つけてしまったか。他の女を抱きしめた時、その女の肩越しに見た麗花の傷ついた顔が利史の脳裏に焼きついて離れない。
涙を瞳にいっぱいためて、こちらを見る麗花。
寂しげに微笑む麗花。
利史の頭の中では様々な表情の麗花が浮かんでは消えてゆく。
その中で最も多い表情は皮肉なことに、涙を流す麗花の姿だった。
つい最近見た時秋に向ける麗花の笑顔は、利史の記憶の中では浮かばない。
麗花が利史に笑いかけるときは、なぜか困ったような寂しそうな、そんな微笑だけだった。
そのことが悔しくてたまらない。
(はっ……本当、馬鹿者だな)
利史は額にかかる前髪をかきあげて、空になったグラスの中にワインを注ぎ込み、もう一度一気にあおった。
(この感情も、記憶も、酒で全部流れてしまえばいい────)
今夜はずいぶん、酒がまわるのがはやい。
この心地よい感覚に身を委ねて、そのまま。
利史は、睡魔に誘われて、現実の世界から意識を手放した。
それと同時に書斎の扉が開いたことに、利史は気がつかなかった。
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