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限界
ふと、目が覚めるとなぜか頭部に暖かな感触がしていた。ゆるゆると、心地よい感覚が頭の上を滑っていく。
(大きな手ね)
いつまでも深いまどろみの中で、この温かみだけを感じて眠っていたい。
『んっ…うぅ』
しかし、太陽の光は残酷で、浮上してしまった意識を、もう一度深くに沈めてはくれなかった。
はっと目が覚めて顔を上げると、そこには気まずそうな顔をした利史がこちらを見つめていた。
いけない。どうやら看病の途中で眠ってしまったようだ。最後に麗花が時計を確認したのは深夜の3時、今は6時だから三時間ほど利史の額のタオルを替えていないことになる。
『いけないわ!利史様、ごめんなさい、タオルを替えないと』
『大丈夫だ。君が寝ている間に自分で替えた』
声が少し掠れていた。しかし辛そうではない。
とりあえずは安心して、麗花は利史に微笑みかけ「ごめんなさい。おはようございます」と返した。
『熱をはかりましょう……体温計がそこのサイドテーブルにありますから』
麗花が立ち上がると、利史は息を吐いた。
『いや、先ほど自分で計ったよ』
『あら、何度でしたか』
『37.5だ』
『平熱は?』
『大体、36くらいだ』
『そうですか……でも、今日はお医者様を手配しておりますから、一日安静にしてくださいね』
(あら、水がもう温いわね)
タオルを浸すための水は昨晩三回ほど変え氷を入れていたのだが、麗花が眠っている間に溶けたようだった。それと水差しの中の氷もとけている。タオルも使っていないものが後、一枚しかない。
『利史様……私、少し用事を────』
『時秋の所に行くのか』
『え?』
今、利史はなんと言ったか。時秋?なぜ、今時秋の名が出てくるのだろう。
困惑していると、利史が苛立ったような口ぶりで言葉を続けた。
『別に、俺は子供じゃない。…1人でも、大丈夫だ』
利史は、少し意固地になっているようだった。1人で大丈夫なわけがないではないか。本当に大丈夫なら、熱があるのに深酒をするような真似はしないだろう。
『利史様は、頑固ですのね』
おもわず口をついて出た言葉に、利史は目を見開いて怪訝な顔をした。内心麗花も言い過ぎたかと思ったのだが、利史とゆっくり会話できる機会も、もうこれで最後かもしれないと思ったら、言いたいことを言っておいた方がいいかもしれないと考えた。
『きちんと、体調管理をなさらないからこのようなことになるのです。私がいたから良かったものの、もし誰も来なかったらあのまま床に倒れていたかもしれませんのよ?』
『君は、途中で寝ていたが』
『うっ……それでも、きちんと体調が治るまでは安静にして、一人で大丈夫などおっしゃらずに人に頼りなさいませ。だいたい────』
麗花がそこまで言いかけると、利史は不機嫌そうに言葉の先を遮った。
『うるさい。……どうして君はそう気が強いんだ。こんな時、彼女なら────』
利史は言いかけて言葉を止めた。麗花の顔が曇ったからだった。
彼女なら────なんだというのだろう。
彼女なら、もっと優しく看病してくれた……そういいたいのだろうか。
確かに、病人相手に少し言い過ぎたかもしれない。うるさかったかもしれない。
こんな時、彼女なら、彼女なら────。
でも、そんなこと、麗花は知らない。知りたくなんて、ない。
『ごめんなさい』
『っ……麗花!!』
麗花は、利史の部屋を飛び出していた。
だって、もう限界だった。
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