水に落ちて鳴る

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水に落ちて鳴る

麗花の口から放たれた言葉に、利史は衝撃を受けていた。 利史は、麗花を一度も誰かの代わりだと思ったことはない。麗花は麗花で、他の誰でもないのだから。 (麗花は、彼女の代わりになろうとしていたのだろうか) いや、それは少し違う気がする。 彼女は別段、誰かの代わりになろうとしていたわけではない。利史には、それがはっきりと分かっていた。そして、麗花をここまで追い詰めて、こんなにも切ない言葉を吐かせてしまったのは、間違いなく、自分自身であるということも、利史には分かっていた。 そこで、疑問がわいた。 どうして、ここまで自分を想ってくれる麗花より、俺は彼女のことを選ぼうとするのだろう、と。それは幾度も自分の頭を悩ませた疑問で、麗花が迎えにやってきてくれた時にも考えたことだった。 どうして、なぜ。なぜ、自分は麗花ではなく彼女を選ぼうとするのか。 考えれば考えるほど、焦燥と、激情、さらには、どこからともなくやって来る苛立ちが、ない交ぜになって押し寄せてくる。焦燥は、他の男に麗花を取られてしまうのではないかという恐怖から。激情は、麗花に対するたしかな感情。苛立ちは、どこかで間違っていると警鐘を鳴らす冷静な自分に対する反抗心。 それらの感情が全て合わさり、熱くなって────。 やがて己の腕の中で泣く麗花の姿を見て、それは和らぎ、冷えて冷静な自分がこう囁きかけてきた。 ──────俺は、母親に縛られたくないから、麗花を選ばずに彼女を選ぼうとしている。彼女を、愛しているからじゃない。 母親の望む結婚相手である麗花と、母親の望まない結婚相手である、彼女。 利史は、はたと気がつく。 (俺は……母の存在に縛られたくないから、だから、麗花より彼女を選ぼうとしているのか) もし、母親の望まない結婚相手が麗花だったら────。 ああ、違う。こう考えてしまうこと自体、俺は母親に縛られていることを証明しているじゃないか。では、母親の望む望まないに関係なく、手を指しのばされて取りたいと思う手はどちらだと、そう聞かれたら、自分は、間違いなく────。 (間違いなく、麗花を選ぶ) 利史の中で出たその答えは、池に投げ込まれた石のように、心に落ちた。
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