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過保護な旦那様Ⅱ~切なき記憶~
まっさらな空を眺めながら、椿姫は『はあっ……』と白い息を自らの手に吹きかけた。
降り舞い落ちる雪のなんと美しいことだろう。
椿姫が立つのはイルミネーションの輝く駅から徒歩7分ほどのオブジェ前だった。
そこは人通りも少ないが、上品なイルミネーションとポインセチアが街道を彩るなんとも美しい景色の広がる場所で、椿姫は以前、車で通った際にもっと近くで見てみたいと願っていた。
今日は婚約者である宗政との、初めての2人きりのデートである。護衛もいない。2人っきり。もちろん安全のためにGPSのついた携帯と心音確認の装置が下着の内側についているが、他に視線はない。普段であれば決して許されないことだが、なんといっても今日は椿姫の誕生日である。両親を説得してなんとか許してもらった宗政とのデート。嬉しくないはずがなく、椿姫の心は浮き立っていた。
最近の宗政は、なぜか椿姫に冷たかった。
理由はわからない。時折向けられる冷たい視線の正体が椿姫には分からなかった。
昔はとても優しかった宗政だが、最近は距離を置かれている。約束したデートを反故にされたこともある。椿姫はそのたびに宗政を怒ったが、宗政は椿姫を無視して他の女の所へ行ってしまった。なぜだろう。どうしてだろう。自分は嫌われるようなことをした覚えがない。だから椿姫は、宗政と仲良くする女が許せなかった。特に最近、宗政に会いに行くたびに見かける月島花蓮という女は、椿姫の攻撃対象の一人で、宗政と共に居るところをなんども邪魔してやった。そのたびに宗政は嫌そうな顔をしてどこかへ去ってしまう。そして月島の方はといえば泣きそうな顔をして宗政を追いかけるのだ。
椿姫だって本当は泣きたかった。なぜあなたが泣きそうな顔をなさるの?と問いたかった。しかしその言葉は喉元にとどまって、一向に唇から紡がれることはない。その理由は自分でもよく分かっていた。それは、自分が意地っ張りだからだ。泣いている姿を誰にも見せたくなかったから。
だから、今回のデートは直接宗政に自分の気持ちを話す言い機会だと思っていた。
自分の誕生日をデートの口実にするしか方法がないのは少し悲しかったけれど、それでも宗政と顔を合わせて話すことができると思うと椿姫の胸ははずんだ。
待ち合わせの時間まで後1分。椿姫は胸を押さえて深く深呼吸をする。
(よし……)
気合は十分、あとは自分の身だしなみをきちんと整えておけばいい。
待ち合わせ時間から5分が過ぎた。
しかし宗政はこない。
(きっと、なにかあったのだわ)
椿姫はコートのポケットからピンクの携帯を取り出し手袋を外して、メールをチェックする。
しかし着信はない。
(……さむい)
椿姫の着ているコートは、厚手のもので大変凝った作りのカシミアのものだった。
しかし季節は真冬。コートでは覆うことのできない寒さに椿姫は段々と耐えきれなくなっていた。もともと寒さに弱く、身体も弱い椿姫は外に出ることなどまずなかったし、許されなかった。だが、最近になって、幼い頃から椿姫の面倒を見てくれている医者が、少しであれば外へ出掛けても大丈夫だというので最近はよく、成城学園前駅の近くを茂子とともに散歩するようになった。
「くしゅんっ……」
1時間が経過した。宗政はまだこない。
────もう少し。もう少し。
そう自分に言い聞かせながらケータイの画面を凝視する。連絡はまだこない。
メールを送るが、返信もこない。手袋を外さなければケータイのスライド画面をタッチできないため手袋をすることもできない。かじかむ手はもはや感覚をなくし震えて始めた。
(まだ……かな)
胸の中によぎるかすかな不安。椿姫はその不安を押し殺すかのように、そっと右手を胸に押し当てた。
心なしか身体が熱くなっている気がしたけれど、そんなこと大したことではないと自分に言い聞かせて椿姫はただひたすら携帯の画面と、街道を行きかう車の流れを見つめていた。
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