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咲也は自分の足元を見つめながら私の話を聞いていた。
咲也が何も言わないので、私は続けた。
「咲也が他の女の人とホテルに入っていったところを見たって子の話を聞いたの。」
その瞬間、咲也は顔をあげて何かを言おうとして口を開いた。
でも私はそれを遮った。
「その話を聞いたときにね、私思ったんだ。咲也が他の女の人と一緒にいる姿を想像して、一瞬少し辛かったけど、その辛い気持ちがすぐに消えたの。あれ?って思った。あれ?私、案外平気だって。咲也がもし本当に浮気してたとしても、別にいいやって、私思っちゃってるって。」
そうなんだ。
香織の話を聞いて、私はショックだった。
でもそれは、咲也の浮気の話を聞いたことがじゃない。
ショックだったのは、その話を聞いてもあまり傷付いていない自分に気付いてしまったからだ。
この部屋に入るときにあんなにドキドキしていたのは、もし咲也が他の女の人と一緒にいるところを自分の目で見てしまっても、何も感じなかったらどうしようと、それが怖かった。
「俺のことがもう好きじゃなくなったってこと?」
少し小さな声で、囁くように咲也が言った。
「嫌いになったわけじゃない。好きだとは思う。でももう無理だと思う。一緒にいるのはしんどい。」
「意味が分からないよ。好きならなんでしんどいの。」
「さっきも言ったでしょ。咲也の中でも私の中でも、もうお互いがお互いを求めてないんだよ。2年付き合ったんだもん。情はあると思う。お互いを大事だと思う気持ちはあると思う。でももう、恋人としての愛情はお互いなくなってる。それなのに、付き合ってる意味ないでしょ?」
「勝手に俺の気持ちを決めるなよ。いつ俺が美桜のこと愛してないなんて言ったんだよ。それよりも、さっきのホテルの話を説明させてよ。あれはさ…」
「だから、それはもういいんだって。その話が本当だろうとただの誤解だろうと、もう私にはどうでもいい。肝心なのは、その話に私の心が動かなかったってことなの。」
咲也は立ち上がって、一歩私に近づいてきて言った。
「俺は…俺は別れたくない。別れたくないよ。」
意外だった。
私が手を離せば、簡単に終わる恋だと思っていた。
私が一言別れたいと言えば、咲也はいとも簡単にそれを承諾するだろうと。
そして、いともあっさりと終わりの日がくるのだろうと。
だから咲也が別れたくないと言い出したことがあまりに意外で、私は言葉が出てこなくなってしまった。
そして。
咲也の次の言葉に私は頭が混乱することななる。
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