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もういいよ。
咲也のこの言葉に、どんな意味が込められているのか、すぐには分からなかった。
どういう意味?
そう聞き返そうとして、咲也を見た。
咲也の顔をちゃんと見たのは、何日ぶりだろう。
最近は顔を合わせればすぐに喧嘩になってしまうから、なるべく顔を合わせないようにしていた。
それに、惣太郎との人生を諦めたのは咲也のせいだと思ってしまうのが嫌で、咲也の顔を見られなくなっていた。
だから、こんなに真っ直ぐ咲也の顔を見たのは久しぶりだった。
…あれ?
咲也って、こんな顔してたっけ?
私が覚えている咲也の顔は、人生に絶望して常に死に向かっているような暗い顔。
いつもイライラして怒っているような顔。
何もやる気が起きなくて、目の前には真っ暗な世界しか広がっていないような無表情な顔。
でも…
久しぶりに見た咲也の顔は、とても穏やかな顔だった。
「美桜。もう、いいよ。俺はもう、大丈夫だ。仕事もしっかりできてる。友達とも普通に付き合えてる。人として、ちゃんとできてる。ドン底から美桜が救い出してくれたから。美桜が側にいてくれたから。」
一つ一つの言葉を、丁寧に選びながらゆっくりと紡いでいく咲也。
「だから、もういいよ。俺から解放してあげる。その彼のところへ行けよ。」
「咲也…?」
「離婚しよう。」
「り…離婚…?」
「ああ。お互い、自由になろう。」
咲也が私の幸せを願って、私の手を離してくれた。
ちゃんと、愛していた。
幸せな瞬間も、確かにあったはずだ。
ありがとう。
ありがとう。
こうして、私達は離婚した。
それが、1年前の話。
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