43人が本棚に入れています
本棚に追加
/129ページ
一刻も早く惣太郎に会いに行きたい気持ちと、もう少し先延ばしにしたい気持ちが複雑に入り混じって私を混乱させた。
飛行機の中で全く寝られず、時差ボケもあって実はフラフラだったことに気づいた。
窓際を離れ、ベッドに倒れ込む。
そして、そのまま数秒で眠りに落ちてしまった。
眠りが深かったのか、夢を見ることもなくグッスリ眠ってしまったみたいだった。
時計を見てビックリした。
少し横になるつもりだっただけなのに、4時間も寝てしまっていたようだ。
窓の外はまだ明るいけど、少し夕焼けが始まっているような色に見えた。
私は迷った。
今から惣太郎に会いに行こうか。
惣太郎の会社はこのホテルからも割と近いはずだった。
自宅の住所も電話番号も平岡さんに教えてもらったから、本当は直接連絡するのが1番早いのは分かっている。
でも、電話をする勇気がまだ出なかった。
突然私から電話がかかってきたら、惣太郎がどんな反応をするのかが怖かった。
ここまで来てまだそんなことで迷っているなんて。
我ながら情けないなと思う。
とりあえずシャワーを浴びて、外に出てみることにした。
少しバンクーバーの街を歩いて、バンクーバーの空気を吸って頭をスッキリさせよう。
そう思った。
ホテルからほど近い場所にあるイングリッシュ・ベイというビーチに行ってみることにした。
カップルが肩を寄せ合い歩いていたり、犬の散歩をしている人がいたり、流木のベンチがズラっと並べられていてそこに座って読書をしている人もいる。
皆が思い思いに過ごしているそのビーチは、とても優しい時間が流れているように見えた。
私も流木のベンチの1つに腰を下ろした。
ちょうどサンセットが始まりそうな時間で、沈みゆく夕日をボーッと眺めていた。
そのとき。
「ワンっ!」
突然私の側に大きな犬が駆け寄ってきた。
見ると、茶色のゴールデンレトリバーで、とても可愛らしい顔をしている。
ハッハッと荒い息遣いで、私の横から離れようとしない。
どうしたんだろう?
1人…かな?
そんなわけないか。
胴輪をしていて、胴輪にはリードもついている。
散歩中に逃げ出しちゃったのかも。
私は飼い主を探そうと、辺りをキョロキョロ見回した。
ビーチを見渡すけど、犬を探しているような人は特に見えない。
「困ったなぁ。ねえ、君。どこから来たの?名前は?」
その犬の首のあたりをワシャワシャと撫で回しながら犬に話しかけてみたけど、当然犬が答えるわけもない。
撫でていると、目を薄めて気持ち良さそうな顔をする犬。
その顔が可愛くて、私はしばらくその子を撫でていた。
そのとき…
「チェリー!」
私の背後から、男の人の声が聞こえた。
その男の人はもう一度、
「チェリー!」
と叫んだ。
私の手の中にいた犬は、その声に反応して嬉しそうにその声の主の方へと走り去っていった。
私は、振り向けなかった
だって
あの声…
ずっと、聞きたかった
あの声…
振り向かなくても
私の後ろに誰がいるのか
もう分かっている
最初のコメントを投稿しよう!