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犬が飼い主の元に戻って、嬉しそうに飼い主に飛び付いているらしい音が聞こえる。 「チェリー!分かったよ!そんなに飛び掛かってくるなって!落ち着けって!よーしよし。」 チェリーと呼ばれた犬がようやく少し落ち着きを見せると、飼い主であろう男性がこちらに声をかけてくる。 「Excuse me.I'm sorry for the dog at home…」 うちの犬がすみません。 そう英語で言われた。 けど、それでも私は振り向けず、俯いて首を横に振ることしかできない。 こんな偶然、ある? この広いバンクーバーの地で、こんな偶然。 バンクーバーの地理は分からない。 平岡さんから教えてもらった彼の住所が、この近くなのかどうかも、よく分からない。 でも… そうか。 このイングリッシュ・ベイを勧めてくれたのは、よく考えたら平岡さんだった。 バンクーバーに発つ少し前に平岡さんの家に夕飯をご馳走になりにお邪魔した。 「俺もね、バンクーバーには出張で何度か行ったことがあるんだ。イングリッシュ・ベイから見るサンセットはすごくいいから行ってみるといいよ。」 そう教えられた。 それが頭にあったから、今日ちょっと外を散歩しようと思ったとき真っ先にここのことを思い出して行き方を調べたんだ。 あのとき、本当は平岡さんは知っていたのではないだろうか。 彼が、飼い犬をよくこのビーチに散歩に連れて行くことを。 この偶然は、平岡さんが密かに願ってくれた、必然…? そんなことをウダウダと考えている間も、彼は私に色々話しかけていたみたいだった。 「Are you not feeling well? Are you okay?」 しゃがみ込んで俯いて背を向けたまま何も言わない私が、具合が悪いのかと心配してくれている。 私はなおも、黙って首を横に振るだけ。 振り返りたい。 振り返って返事がしたい。 そう思っても、体が動かないし、声も出ない。 いくら話しかけても動こうとしない私を不審に思ったのか、 「Alright, I gotta go.」 彼がその場を立ち去ろうと歩き始める。 「チェリー、行くよ。」 ダメ… 行かないで… あなたに会いに、ここまで来たのに… 足音が、だんだんと遠ざかっていく。 私はようやく立ち上がって、ゆっくりと振り返った。 チェリーの飼い主は、チェリーをリードで引っ張りながら私に背を向けて歩き去ろうとしている。 私は、出ない声を必死で絞り出そうとする。 「そ…う…た…ろ…」 私の囁くような声は、海の波の音にかき消されてしまう。 会いたかった 会いたかったの 惣太郎 あなたに死ぬ程 会いたかったの 目の前にいる 駆け出せば一瞬で辿り着く距離に あんなに会いたかった惣太郎がいる 夢の中で何度も会った 目が覚めて、夢だったことを知って絶望する そんな朝を、一体何度迎えたことか これは夢? 違う これは現実だ もう、覚めたりしない 行け! 心の奥底のもう一人の自分が 頭の中で叫ぶ 早く! 頭の中に声が響く 叫べ! 「惣太郎!」 心の奥底からの声に押され、私はようやく口にした。 死ぬ程会いたかった  あなたの名前を
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