褪せることのない記憶

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 しかし、その年の瀬に悲劇がおこる。  夫の会社を経営していたおじいさんが緊急入院で病院に運ばれることとなった。  原因は聞いていないが、運ばれてすぐに亡くなったと聞いた。    会社に入ってからは、上司と部下という関係でありながらも夫はおじいさんを尊敬しており、訃報を聞いたときは普段飲まないような強いお酒を一人、泣きながら飲み、テレビから流れる音だけが部屋に居座っているようなときもある。  それでも夫はおじいさんが撮ってくださった写真に、毎日手をあわせ仕事に向かっていく。   「大丈夫?」 「うん、大丈夫かな…。 でも、塞いでなんていられない」  今日も朝は明るく玄関を出ていく。  それから、毎年命日には決まって二人でお墓参りに行くのが私たちの習わしになりつつある。  その帰り道にあの喫茶店で珈琲を飲むのが楽しみであったが、今年は飲めそうもない。  少しばかり目立ちつつあるお腹を擦りながら、お墓の前での報告事が増えたことに感謝する。 「おーい、そろそろ行くぞ」    新しい命を授かり、以前購入した中古の車を売って新しい車を購入した。  名前はなんていうのか覚えていないが、可愛らしい車で「ルージュ・ドゥ・フランス」なんてお洒落な色をしているけれど、赤は赤だと思う。  ちょっと無理していない? なんて夫に言うと「全然、大丈夫」と返ってくる。  私が復職するまで、まだだいぶ先であるが柔らかな日差しが車内を心地よくさせてくれており、私はすぐに微睡の中に漂うことになった。    その隣で夫は私とお腹を交互に見つめ、信号が青に変わり目的地へと向かってアクセルに力を入れた。  
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