異世界でも徴収しています

1/2
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

異世界でも徴収しています

「悪ぃなイシハラ。お前さんはきょうもあっちで食べてもらっていいか?」  バツの悪そうに、だがどこか言い返せない強い態度を持って、このラーステリアの町では『可も不可もない、だが安い』ことをウリにする酒場『金竜の角亭』のマスターは隅の席を指さした。  この寒くなってきた季節、隅のせきよりも暖炉の前の特等席で食事を食べたいというのが人情だが、見れば酒場の他の客も、俺のことを侮蔑・恐れ・不安、そういった視線で見てくるのだから仕方がない。 「ありがとうマスター。いつも恩に着るぜ」  一礼するとマスターから酒を受け取り、隅の席に腰掛ける。財布はかなり軽いが、銀貨一枚でも腹を満たしてくれるのがこの酒場のいいところだ。  俺の名前は『石原広志(イシハラヒロシ)』このラーステリアの町で暮らしている。  前世といっていいのかわからないが、昔は日本という国で、某巨大公営放送組織の集金人をしていた。大企業と一緒に仕事をするパートナーを探しているという甘い言葉に誘われて入ったはいいものの、やってみればノルマはきつい、上司には怒鳴られる、殴られる。客にも殴られる、蹴られる。給料は安い。挙句の果てにはぶっ壊されそうになってしまうなど、ろくな思い出がなかった。  いつものようにやけ酒を飲んでいると俺は意識を失い、起きたらこの世界……異世界とでも表現した方がいいのか、このラーステリアの町についていた。  小説か何かなら、都合よくチート能力があったり、美人な女戦士に拾ってもらったりできるのだろうが、現実はそんなに甘くない。持っていた服や鞄を売った金などはあっという間に底を尽き、気づけばこの町でも、あれだけ嫌になっていた集金人(税金を徴収するので徴税人だが)をやってしまっている。 「どうしたイシハラ。きょうはメッシーナギルドの担当だっただろう? さぞ儲かっただろうになぜこんな隅でそんな安い飯を食べている?」  寒くなって来たからか、昔のことを肴に食事をしていると、見たくもない顔が目に入った。全身紫の服に銀のターバンという、穏やかな言葉を使っても奇抜な・個性的な・目に痛い服装をした同業者『サントリオ』は、ラーステリアでは高級品となる鴨肉を豪快に頬張りながらニヤニヤとこちらを見てくる。  徴税人の仕事は端的にいえば『出来高制』といえる。毎朝役人からまわるリストをもらうと、俺たち下っ端の徴税人は各所を一軒一軒巡り、税金を徴収してくる。徴収する税金はその年に稼いだ10%と決められているが、不正に所得を隠した奴がいたとした場合、35%までとっていいことになっている。その差額が俺たちの収入になるというわけだ。 「あのギルドなら行ったけどきょうもガキ一人だったぜ。他のメンバーも必死に稼いでいるみたいだったが……借用書の1割も徴税できればいいんだがな」  山盛りになったポテトを口に放り込むと、わかって聞いているであろう同僚に(こいつが笑う時はわかっているときだ)答えを返す。  ……差額が収入になるといえば聞こえはいいが、現領主の放蕩と、ここ数年の魔獣被害ですっかり交易の途絶えたこの町から搾り取れる金額などたかがしれている。美味しい徴税先はコネのあるやつが担当し、新米の外国人にまわってくる担当といえば、宿無しか、その日暮らしの小作人か……現状を打破しようと魔獣退治に出かけ、もう当主が2年も帰ってこない、借金まみれの商会くらいなものだ。  貧乏人を1日張って苦労してお金を徴収したところで、10%の内の3割でも回収できれば儲けものである。つまるところ、働いたところで俺の収入は0という、なんとも悲しい気持ちになる。 「わかってねぇな。金がないなら交易品でもガキでもかっぱらってくればいいだろうに?」 「……仕事にいってくるよ」  “俺ならもっとうまくやれた”とでも言いたそうなサントリオの声。このくらいの嫌味なら前職で嫌というほど経験したが、だからといって嫌なものが好きになるわけではない。残ったポテトを胃に流しこむと、せめて明日の晩飯に酒をつけられるように、夜の仕事に向かった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!