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親より先に死んだ子は、賽の河原で石積みという苦行を永遠にさせられるらしい。
――あの子も今頃、石積みしてるのかな?
空が薄明るくなってきたお陰で、河原が目についた。
あの子は何にも悪くないのに、そんな苦行をさせられるなんて理不尽だ。
「一緒に逝けたら、そんな苦行、しなくても済んだのにね」
そこにはいないと分かっていても、自然と手が自分の下腹部を撫でる。まるで、まだそこにいるかのように。
「若菜!!」
聞き慣れた彼の声が、静かな朝焼けの橋に響く。
その声を辿るように目を向ければ、彼が携帯電話片手に肩で息をしていた。
「病院から抜け出すなんて!!まだ絶対安静だろ!!今無理したら、将来子供が産めない体になるかもしれないんだぞ!!?」
私の体を心配しているらしい。いや、将来自分の子供を産んでもらえないと困るから、心配する素振りをしているだけだろう。
相変わらず身勝手だと、心の中で怒りが沸々と湧いてきた。
そんな私の心中も知らず、彼は走ってきて私を抱きしめる。まるで愛しい恋人を抱きしめるかのように。
「こんなに冷たくなって。何で病院抜け出したりなんてしたんだ!!皆どれだけ心配して・・・・・・っ!!」
私一人が悪者みたいだ。人を罵るのも、貶すのも得意なんだなと、心の片隅で意地悪く思う。
ぎゅっと抱きしめられたそのぬくもりは、変わらず温かかった。だが、抱きしめ返す気にはならない。その代わりに、ぎゅっと拳を握り込む。
「あの子もね、冷たくなってたよ。小さくても人の形、してるんだね」
耳元で、毒を流し込むように囁くと、はっとしたように抱きしめる腕が緩んだ。
「良かったね。望み通り死んじゃったよ。中絶もしなくて済んだ。流れた原因は、妊婦が転んだ為の事故。あなたの経歴には、何一つ傷はついてない」
にっこりと、微笑む。川の水のように冷たい、微笑だった。
「運が悪かったんだ。やっぱり俺達にはまだ、子供なんて早すぎたってことだよ」
「そうね、運が悪かった。だからあの子はこれからずっと、賽の河原で石を積み上げ続けなくちゃならない。あの子が悪いんじゃないの。守り切れなかった、私のせい」
ツツっと、涙が零れ落ちる。頬についた痕に沿うようにして、新たな道筋を、朝日に照らされながら流れていく。
「若菜・・・・・・。あんまり、自分を責めるなよ」
自分が突き飛ばしたせいだとは認めたくないらしい。私の心を、甲殻類のような硬い殻が、ピキピキと音を立てて包み込むように覆っていくのが分かった。
「病院へ帰ろう。体に障る。歩けるか?」
「ええ、大丈夫。でもその前に」
私は足元に咲く花を一輪、手折った。
割れたアスファルトの隙間から、力強く茎を伸ばして健気に咲く雑草に、誓うように。
―― 一緒に逝けない代わりに、アナタの恨みは私が。
「望流、どうか安らかに」
欄干から腕を伸ばして、朝日に向かって誓いの花を差し出し、そっと手を離す。
軽い花はヒラヒラと風に乗って流れ、高度を落としながらそっと着水し、川の水に揺蕩い、身を任せて進んでゆく。
「みはる?」
「せめて、名前くらいは贈ってあげたいじゃない?必ず春が巡って来るようにって思いを込めて」
「良い名前考えたな」
「そうでしょ?」
望流の代わりに、望まれて流れてしまったアナタの代わりに、私がこの人を見張って、そうと分からないように苦行を敷き続けるから。
流れゆく花を追うその目の奥に、朝日に負けぬ心火が揺らめいた。
「戻りましょ、病院に」
そっとその手を握ると、彼はホッとした顔をして握り返す。
朝日に照らされた二人の後ろ姿は、仲睦まじい恋人のソレだ。
だが、二人から伸びる影は、3つある。
一つは彼の。
一つは頭に角を二本生やした、悲しみに打ちひしがれた鬼女の。
そしてもう一つは、その二人が繋ぐ手にぶら下がった、小さな小さな人型の、楽しそうな影だった。
fin.
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