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黒猫
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後ろ髪を引かれつつも、病院を後にした泉たちはお互いショックが余りにも大き過ぎてこれ以上何も話す気持ちになれず、そのまま各自で帰宅することにした。
泉はずっと黙って雷太のことを考えながら家に帰る途中で、ふと何かを思い立った様子でクルリと家とは逆方向の道を全力で走り出した。
5分ほど走って泉が息を整えながら立ち止まって見上げていたのは、泉の住む街に古くからある神社の鳥居だった。
(ただの気休めにしかならないけど……)
心の中で泉はそう思いながらも、何もせずには家に帰れなかったのだ。
深く深呼吸をしてから、泉は鳥居をくぐると長い階段を上がって境内に入って手を合わせて、雷太の魂を戻してくれと強く願っていた。
(自己満足ってこういうことかもね……)
何も出来ないでいることに苛立ちのようなものを感じていた泉は、自分の両頬を掌で力一杯叩いて気合いを入れてから、神社を後にしようとしていた。
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神社に背を向けて泉が家に帰ろうと階段を降りていると、茂みの中から真っ黒な猫が飛び出して来て泉の足元にちょこんと座って一声「にゃ~!」と鳴いていた。
「どうしたの? もしかして……迷子?」
犬や猫が大好きな泉は、躊躇することなくその場にしゃがんで黒猫に話しかけて少し笑っていた。
「あら? 首輪してるんだね。住所か連絡先が書いてあるのかな?」
人懐っこい黒猫は、抵抗することもなく泉に抱き上げられて首輪にぶら下がっているネームプレートを泉に確認されていた。
「や……と……? 夜刀ね♪ カッコいい名前だね。フフフ」
黒猫の名前だけで、連絡先などが記されていないことを確認した泉は膝から黒猫を足元に降ろして少し考えてから立ち上がった。
「行く宛がないなら家に来る?」
足元に座っている夜刀という名の黒猫に向かって、泉はニッコリ微笑んでその手を優しく差しのべていた。
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泉に家に来るかと言われた黒猫は、その言葉を理解しているかのように泉の後について一緒に家に帰宅した。
「お祖母ちゃん、ただいま~!」
泉が家に帰って祖母の八重に声をかけると、八重は泉を見て微笑みながらうなずいていた。
「神社へお参りしてきたのかい?」
「!? お祖母ちゃん? どうしてわかるの?」
「ただの勘だよ!(笑)」
「やだ……お祖母ちゃん怖いよ!(笑)」
八重に神社に寄って来たことを言い当てられた泉は、顔をひきつらせて八重の肩を優しく揉んで苦笑していた。
「それと……生き物の世話は最後まで責任を持ってやるんだよ!」
「嘘~!? それもわかるの?」
「長いこと生きてると色々わかるようになるんだよ!(笑)」
泉が八重に内緒で世話をしようと考えていた黒猫のことも、すでに八重にはお見通しだったようで……ゆっくり立ち上がると、縁側の戸を少し開けて黒猫を家の中へ入れてやっていた。
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