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夜。夕食の後、俺はベッドに寝転がり、ぼんやりと自室の天井を見上げていた。御札は机の上にある。
運命。綾と離ればなれになる。それを、変える。まず、そんな必要があるのかと、考えていた。
幼馴染み、というには、幼少期は馴染みが薄かった。中学までは、お互いに単なる近所の同級生という認識しかなかったはずだ。
それが高校に進学すると、同じ中学出身の生徒が綾しかおらず、話す機会が増えた。かなり背伸びをして入った高校だったので、自分が周りの生徒よりも劣っているという意識が強く、初対面の生徒とは上手く話ができなかった。最初の半年くらいは、かなりの頻度で彼女を頼らせてもらった。
特に運命的な何かを感じたわけではないが、俺からの相談を嫌がることなく聞いてくれ、控えめながら的確なアドバイスをくれた彼女に、次第に惹かれていった。
二年の秋。そのときには俺も周囲と打ち解けていた。綾から相談を受けることもあった。彼女を慕う気持ちは日に日に強くなっていたし、彼女に貢献できるようにもなったことで、俺の心には曖昧ながら強固な自信が生まれていた。そこで決心し、交際を申し込んだ。人生で初めての告白だったが、綾は喜んで頷いてくれた。
それからは高校生らしい程よい交際を続け、同じ大学に進学したのが今年の春だ。俺は理工学部で、綾は文学部である。二人とも、大学の近くで一人暮らしをしている。
大学生活は初めてのことだらけで、いつも自分のことで一杯一杯だった。自分で時間割を決めるシステムに戸惑ったり、サークル活動に熱が入り過ぎたり。気づけば、綾と過ごす時間を確保できなくなっていた。いや、確保する気もなかったのかもしれない。彼女は彼女で忙しそうにしていたし、無理に会うこともないかと考えていた。俺の心に根を張る自信は、その輪郭はあやふやなままに、無責任に膨張していたのだろう。
ある日、綾が複数の学生たちと一緒にキャンパスを歩いているのを見た。男女三人ずつ、計六人のグループで、後で彼女に聞いてみたところ、サークルの仲間らしい。
彼らと笑い合う綾の姿を見たときに、俺は胸の中に軽い衝撃を感じた。そのグループは、男も女も輝いて見えたのだ。垢抜けた服装と、スマートな足運び。綾もまた、その輝きを共有していた。田舎に住んでいた頃とは、まるで別人のようだ。
俺はといえば、ほとんど同じようなチェックのシャツとジーンズを毎日着回していた。バッグも、修学旅行で使ったものだ。
高校に入学したときに感じていた、重苦しい劣等感が、再び顔を覗かせるのが分かった。しかも、綾に対してだ。それまで霧のようだった自信の大樹が、心の中で枯れ果て、影の塊のようになり、胸の奥底を闇で照らすようになった。
不釣り合いという言葉が頭の中に染みつき、綾をデートに誘うことはなくなり、偶然学内で会っても、彼女の顔を見て話すことができなくなった。
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