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信じていいのか。
机の方に視線をやりながら、胸の内で呟いた。オカルトなんて興味がないが、あの男や場所は、この世の理では説明できないものだ。もしくは、フラれたショックで俺が幻覚を見ていたか。
あの御札が本物だとして、俺は何を願うべきなのか。
起き上がり、姿見の前に立った。野暮ったい格好と、ぱっとしない容姿。これを変えることも可能だという。
金持ちの家に生まれた人生に変えることもできるそうだ。
時計を見る。すでに、二十二時を回っていた。
綾の心が離れたのは、先に俺が離れたからだ。自分を卑下し、彼女の輝きから逃げるように距離をとった。
一番変えるべきは俺の心なのに、それは叶わない。
俺は、御札を手に取った。すると、
「決まったか?」
声がした。あの男とは違う、しなやかな男の声だ。頭の中にだけ、響いてくる。
「神様ってやつか?」
「無礼な口をきく小僧だな、ふふ」
「信用できないからな、まだ。敬語なんて使わない」
「構わんよ。力を見せれば、信じられずにはいられない。さあ、願いを言え」
「その前に、確認したい。別に、綾を振り向かせるための願いじゃなくてもいいよな?」
少しの間。それから、怪訝そうな色を滲ませた声で、
「それでも構わんが、あの女はもういいのか?」
「好きだよ。当然だろ」
「だったら、なぜ?」
「俺の顔や生活がどう変わろうと、俺の心はこのままさ。綾の優しさや輝きに触れていれば、きっとまた俺は劣等感を抱く。そしてまた、彼女を遠ざけ、傷つける」
「ほう。では、どうする?」
息を、少しだけ吸った。綾は俺に別れを告げるために、どれだけの葛藤を乗り越えただろう。茨の茂みを掻き分けるようにして、答えを出したはずだ。どれだけの傷が、その心に刻まれただろう。
俺が望んでいいのは、その傷を癒やしてあげることくらいだろう。しかし、心には干渉できない。だからせめて、その傷をなかったことにしようと思う。
「俺の願いは――」
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