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山に囲まれた田舎の景色は、すでに冬という寂しさに覆われていた。道路の端では、集められた雪が中途半端に解けてはまた固まって、ということを繰り返している。透き通った風が肌を刺す。
公園には、子どもが作ったらしい雪だるまや雪玉の欠片が散らばっていて、まるで無邪気さの残り香のようだった。
ちょっと出てくるだけだから、と部屋着にジャンパー一枚で来た俺には、何もかもが冷たかった。心まで凍えそうだ。
目の前に立つ牧野綾も、久しぶりに浴びる氷柱のような北風に身を震わせている。俺も綾も、実家がこの公園の近くにある。
じゃあな。それさえ言えば、お互い暖かい実家に帰れる。なのに俺は、口を開くことができないでいた。歯だけが、カチカチと音を鳴らしている。
「ごめんね……」
沈黙に耐えきれなかったようで、綾が頭を下げた。ベージュの、大人っぽいコート。去年までなら、そこにニットの帽子や明るい色のマフラーが加わっていた。コートだって、ここまで落ち着いた色やデザインじゃなかった。
彼女の涙声に、ようやく俺は頷くことができた。
「分かった。今まで、ありがとう」
綾が顔を上げる。見慣れた顔が、辛そうに歪んでいて、こっちまで胸が締め付けられた。
「いいから。もう、帰れよ。風邪ひくぞ」
濡れた瞳。小さく、頷く。薄い色の唇が歪んだ。笑顔を作ったらしい。何度か重ねたことのある唇が、とても遠いもののように思えた。
綾が背を向けた。静かに歩き出す。足音が、鼓膜ではない何かを震わせる。
行くな。そう言えば、彼女は止まるだろうか。細い背中を力一杯抱きしめたら、彼女の気持ちは変わるだろうか。
右足を地面から離す。しかし、後ろへ下げた。そのまま、回れ右をする。歩き始めた道の先には、彼女はおろか、自分の家すら存在しないような錯覚に襲われた。
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