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友春
友春さんが怯まないように、マスクを着けてきて良かったと思う。
インターホンを鳴らし、カメラ越しにわたしを見た彼の顔は、動揺からひきつっていた。
無理もない。今やわたしの顔面は腫れ上がり、自分でも別人かと我が目を疑うほどに悲惨なものだったから。
「芽衣子ちゃん……?」
抵抗はあったけれど。わたしだと分かるようにマスクを外す。
部屋にあげてほしい。涙を流してそう伝えると、友春さんは何も言わずにオートロックのカギを解錠してくれた。
嬉しいよりも先に思ったのは、別の事。醜く腫れ上がったこの顔を見て、友春さんは何を思っただろう。僅かな羞恥と疑心暗鬼が胸の中を駆け回る。
友春さんの部屋に向かうためエレベーターに乗る。ドアが開くと同時に、防犯用のミラーがわたしを写し出す。マスクでは隠しきれないほど、大きなアザを持つ女の顔を。
気休めにしかならないが、わたしは長い髪で左頬を隠すと、友春さんの部屋がある五階のボタンを押した。
エレベーターの気の抜けた電子音を合図に、わたしは友春さんの部屋へと向かう。インターホンを押す指は震えたけれど、止まらなかった。
チャイムの音が鳴るのと同時に扉が開く。そこには心配そうな友春さんの姿があった。
「ごめんなさい……。こんな時間に……」
「気にしないで。さあ上がって」
さして迷惑がる様子もなく、友春さんはわたしを部屋に招き入れてくれた。
もしかしたら、こういうことに慣れているのかもしれない。友春さんの年齢を考えれば、それは充分にあり得る事だった。
案内されたリビングは記憶よりも少し狭い。それだけわたしが成長したのだと思うと、少し誇らしくもあり、寂しくもあった。
「芽衣子ちゃん。これで、冷して」
友春さんから手渡されたのは、冷たい濡れタオル。熱のこもった頬に当てると、とても気持ちが良かった。友春さんは、優しい。
「ありがとう……」
わたしが微笑むと、友春さんは苦々しい顔で言葉を吐き捨てる。
「別れればいいのに。あんなヤツなんかと……」
友春さんの言葉に、胸がズキリと痛む。だって、わたしの気持ちは、もう決まっているから。
「……ごめんなさい」
わたしには、謝る事しか出来ない。こんな選択を取るしかない自分が情けない。
うつ向くと、目から熱い涙がこぼれた。それでもわたしは、別れたくはない。
「好きなんだと、思うの」
こんなに甘えて。こんな風に優しくされても。わたしは。正しい道を選べない。
「……ごめん。芽衣子ちゃんが謝らなくていいんだよ。君を責めてる訳じゃないんだから」
友春さんこそ、謝らないで。
わたしがどんな気持ちでここまで来たのか。わたしがどんな覚悟でここに居るのか。あなたは何も知らないんだから。
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