せめて、手向けに誓いの名を

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 痛い ――――  その痛みが身体の痛みなのか、はたまた心の痛みなのか、私には判断が付かなかった。  ツっ――と、涙が頬を撫でる。  暑い夏が過ぎた夜風は、ひんやりしていて少々冷たい。暗闇の中でシンっと寝静まった街中に絶えず響く川のせせらぎは、生きていることを告げてくる。 「・・・・・・っ」  嗚咽(おえつ)が漏れた。  ただただ辛く苦しく悲しい海に漂っていただけの心に、急に激情という波が立ったかのように、表層に感情が(ほとばし)る。  生きている。そう、私は生きているのだ。  数時間前に失った命など、まるでなかったかのように世界は時を刻み、いつもと同じ日常を繰り返そうとしている。  それを冷たいと非難すべきなのか、冷酷だと(なげ)くべきなのかは分からない。  ただ決まっているのは、時は無情に過ぎ去っていくということだけ。  橋の欄干(らんかん)に、両手をついた。  無機質な鉄の(さく)は、ただただ冷たい。その冷たさが私の中へと入り込んでくるようで、ぶるりと身震いした。  何も考えられない。  何も考えたくない。  でも私は生きているのだから、ここで立ち止まっているわけにもいかない。  心はこんなにも辛くて苦しくて悲しいのに。  体は痛みを訴えて、(いま)だ止まらぬ血を流し続けているというのに。  手にはひんやりとした冷たい感触が、皮膚は冷風を受けて熱を奪われるような肌寒さを感じ、両目からは、止めどなく溢れる哀悼(あいとう)と喪失感が流れ落ちる。
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