No.75『一家心中』

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No.75『一家心中』

根岸「……」 佐原「ぼわわ~ん」 根岸「今日の晩飯、何弁当にしようかな……」 佐原「よぅ!」 根岸「……ん」 佐原「……」 根岸「は?」 佐原「よぅ! お出かけ中失礼」 根岸「……悪魔?」 佐原「俺は、お前の中の悪い心だ。ひっひっひ」 根岸「……んん?」 佐原「悪い心さ!」 根岸「そういうのって、何か、財布とか拾ったら出てくるんじゃないの?」 佐原「人間は、常に悪い心と共にあるんだぜ」 根岸「えぇ……、まあそうかもしれないけど」 佐原「だろう?」 根岸「ちなみに、いい心は?」 佐原「お前にいい心など無いわ! 自惚れるな!」 根岸「まじかよ、ただの悪い人じゃないか」 佐原「他の生物の命を喰らって生きるような極悪非道、悪と言わずになんと呼ぶ! 貴様、今日の晩御飯はトンカツ弁当にするつもりだっただろう! 豚に謝れ!」 根岸「えぇ……」 佐原「あとキャベツにも謝れ! この極悪人!」 根岸「だいたいの生き物が悪じゃないかそんなの」 佐原「俺は、食べない!」 根岸「ぼわわ~ん」 佐原「む!?」 根岸「私は根岸の悪い心のいい心、何も食べないとは、いい子ですね」 佐原「話がややこしくなるのでひっこんでてください」 根岸「はい」 佐原「というわけで、俺はお前の悪い心だ!」 根岸「なんだ今の」 佐原「俺の中のいい心が出てきちゃったらしい」 根岸「悪い心なのに、いい心持ってるのか」 佐原「そこはほら、仕事と個性は別物だから。あと実を言うと俺、お前の悪い心じゃないんだ」 根岸「……悪魔っぽい格好してるのに。じゃあなんなんだよ」 佐原「佐原だ」 根岸「……誰」 佐原「俺は、お前の心の中の佐原だ!」 根岸「……おう」 佐原「はじめまして!」 根岸「……はじめまして」 佐原「あ! ほらほら、ちょどよくそこに何か落ちてるぞ、拾え拾え、そして葛藤しようぜ!」 根岸「いや、お前はまず、良い側なのか、悪い側なのか、どっちなんだよ」 佐原「佐原だよ! 良くも悪くも!」 根岸「……そうですか」 佐原「まあいいから、拾え拾え、そして悩め」 根岸「わかったよ、拾うよ。……よっと」 佐原「んー」 根岸「鍵だな」 佐原「……鍵かー」 根岸「交番に届けるぞ」 佐原「い、いや、大丈夫だ、ネコババしたってバレないさ!」 根岸「強引なのは結構だが、ネコババしても、使い道がない。なんの鍵だかもわからないのに」 佐原「きっとお宝のたっぷり入った宝箱の鍵だぜ? 億万長者だ!」 根岸「なんでそんなもんが道に落ちてるんだよ、不自然だろ」 佐原「たしかに」 根岸「交番に―――」 佐原「ゆ、夢!」 根岸「夢?」 佐原「夢の扉を開く鍵!」 根岸「夢っぽいといえば、今この状況が白昼夢っぽいんだけどな」 佐原「可愛いからって、誰が夢の妖精さんか、まったく失礼な、ぷんぷん」 根岸「言ってないし、可愛くない」 佐原「ひどい! お前は今、自分の心を傷つけた! ハートブレイク!」 根岸「砕けてるし。―――とはいっても、お前、俺の心そのものじゃないんだろ?」 佐原「佐原です」 根岸「……心の中の、どういう部分なんだ……」 佐原「まあ、鍵の話しようぜ鍵の話」 根岸「そうだね」 佐原「あ! 勝利の鍵かもしれない! これが、根岸の切り札だ!」 根岸「何と戦うんだよ、あと拾い物だから、勝利の鍵だとしても、俺のじゃなくて、落とした人の切り札だろ」 佐原「ツッコミが真面目だよ! もっと余裕もって!」 根岸「性分だよ。っていうか多分これ、家の鍵だろ」 佐原「ふつう! あまりにもふつう!」 根岸「日常に、そんな大層なイベントは落ちてないの」 佐原「つまんねー」 根岸「つまんなくて結構。さて、交番は―――」 佐原「その鍵をきっかけに、冒険に出ればいいじゃん。冒険の扉を開く鍵にすればいいじゃん!」 根岸「落とした人が家の扉を開けなくなって困るだろ」 佐原「そんなもん鍵屋さん呼べばいいじゃん」 根岸「じゃあ俺の冒険の扉も鍵屋さん呼べばいいな。はい解決」 佐原「つれないなあ」 根岸「っていうかさ、お前はそもそも何なんだよ、悪魔っぽい格好してるくせに」 佐原「これはコスプレ」 根岸「コスプレ」 佐原「俺は佐原」 根岸「……だから誰なんだ」 佐原「お前の心の中の、佐原の部分だよ」 根岸「いやそこがまず、よくわからん」 佐原「人は誰しも心に佐原を飼っているんだよ!」 根岸「……お、おう」 佐原「よくわかってない顔だなぁ」 根岸「まあ、よくわかってないことは確かだよ」 佐原「ウキウキするとか、ワクワクするとか、心の内側からエネルギーが湧いてくることとか、あるだろ?」 根岸「うん」 佐原「あれは、俺のテンションが高いときだ」 根岸「そうなのか」 佐原「具体的にはトイレットペーパーがちゃんと切れ目できれいに切れたときとか、テンションが上がる」 根岸「お前、が?」 佐原「そう、俺がトイレットペーパーきれいに切れたら、テンション上がる。根岸のトイレ事情は関係ない」 根岸「ふむ。っていうか心にトイレあるのな」 佐原「そりゃあるだろ、ふつう」 根岸「ふつう」 佐原「家や職場にトイレなかったら、割と困るだろ?」 根岸「……たしかに。というか、心って何、そういう部屋とか、オフィスなの?」 佐原「うん、部屋。俺が住んでる」 根岸「あ、住んでるんだ、心の中に」 佐原「四畳半、ワンルーム」 根岸「……」 佐原「心せっま!」 根岸「……驚きの狭さだったわ、俺の心そんななのか」 佐原「でもひと月2万2千円」 根岸「……」 佐原「管理費込み」 根岸「やっす!?」 佐原「安くて助かってる」 根岸「そんな安いのか、俺の心……。事故物件かなんかなの?」 佐原「ああ、まあそう呼べなくもない」 根岸「事故物件なのか」 佐原「自己物件かな」 根岸「……」 佐原「……」 根岸「……はぁ」 佐原「あ、でも気を落とすな、オートロックはついてるぞ」 根岸「心の部屋にオートロックが付いてるって、なんかいい気分はしないな」 佐原「俺の静脈認証で開くようになってる。部屋そのものも」 根岸「地味にハイテクじゃん、俺の心」 佐原「俺自身が鍵だから、部屋に入れないという心配はないんだ」 根岸「すげーな」 佐原「まあほら、俺は、割と大事な部分だから、心の中で」 根岸「扱いもそれなりに、って感じか。部屋狭いけど」 佐原「ここに4人家族で住んでるんだから、まあ大変」 根岸「家庭持ってるのかよ! 俺の心の中で! 俺は独身なのに!」 佐原「まあ、部屋狭いけどな。それは俺のせいじゃないし」 根岸「あ、俺のせいかぁ、うわー、まじかー、なんか、ごめん。心狭くて」 佐原「だから、もっと大事に、丁重に扱ってくれないと困るぞ。心も広くね」 根岸「大事に、丁重に、ねぇ……」 佐原「キーマンだからな!」 閉幕
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