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No.66『出たり、出なかったり』
根岸「ここか、厄介な霊が出るというのは―――」
根岸「一見するとただの居酒屋のトイレ……。霊を見たのは皆、酔っ払い。―――これは、誰も取り合わない案件なわけだ。情報の真偽が曖昧すぎる」
根岸「店長すら、信じてはいない。ただ話のタネにと、面白がって俺を呼んだんだ。―――だが、居るのはわかる。誰にも信じてもらえない、誰にも感じてもらえない、悲しい霊の波動がする」
根岸「……トイレの個室に、鏡。コレか、霊が映るってのは」
佐原「ぼやぁ……」
根岸「出たか。案外あっさりと姿を見せるもんだな」
佐原「おっすおっす!」
根岸「……」
佐原「むむ、俺が見えない人か、残念、帰ろう」
根岸「いや、待て待て」
佐原「お? みえる?」
根岸「見える」
佐原「おっすおっす!」
根岸「なんだこの元気な霊……」
佐原「あ、えーと、なんだっけ……。先輩に教わったんだよな、挨拶……」
根岸「……」
佐原「思い出した。―――恐ろしや~」
根岸「……?」
佐原「恐ろしや~」
根岸「恨めしや?」
佐原「あ、それ! そっちそっち! その飯屋!」
根岸「なんだこの元気すぎる霊……」
佐原「呪いとニンニク増し増しで!」
根岸「なんかこう、怨念とか殺意とか、まるで感じないな……、悪い霊ではないのか?」
佐原「ふっ、霊を見かけで判断すると痛い目みるぜボーイ」
根岸「誰がボーイか」
佐原「何を隠そう、俺はちっちゃな頃から悪ガキでしたよ!」
根岸「……15で不良と呼ばれたのか」
佐原「そう、そして気が付けば霊になっていた……」
根岸「過程全部すっとばした」
佐原「最後の記憶は、ビルの屋上から飛び降りたとこだけど、まさかそれで死んだとも思えないしなぁ」
根岸「いやそれだろ……」
佐原「まあ、過去のことなんて水に流そうぜ、トイレだけに!」
根岸「……」
佐原「トイレだけに!」
根岸「あのさ」
佐原「おっすおっす」
根岸「一応、俺の仕事、除霊だからさ」
佐原「じょれー?」
根岸「除霊」
佐原「……マジ!?」
根岸「マジマジ。だからさ、お前さんを祓っ―――」
佐原「だったら頼みたいんだけどさ、このトイレ、出るんだよ!」
根岸「……えぇ?」
佐原「出るんだよ!」
根岸「お前じゃなくて、他にも出るのか」
佐原「出るんだよ、おばけ!」
根岸「……おばけ」
佐原「夜になるとすっげ不気味な雰囲気になってさ、気温とか実際もう5度くらい下がってくんの! マジやべぇ! これは居るよ、マジいるねおばけ!」
根岸「……」
佐原「ほんと怖くてさ、夜トイレいけなくて、困ってんの!」
根岸「……お前は、霊じゃないのか?」
佐原「霊だよ?」
根岸「霊、だよなぁ」
佐原「そうだよ」
根岸「夜、出るのは?」
佐原「おばけ!」
根岸「……違うの? 霊と、おばけ」
佐原「違うよ! いい? 世の中には、3種類の霊がいるの!」
根岸「……そうなの?」
佐原「一つ目が、傘のやつ! 二つ目が、のっぺらぼう!」
根岸「……三つ目は」
佐原「とおる!」
根岸「……。 というか、3種類いる中に、お前が入ってないじゃないか」
佐原「俺は霊だよ?」
根岸「そうか」
佐原「そうさ」
根岸「夜に出るのは?」
佐原「おばけ!」
根岸「んー」
佐原「俺は、霊」
根岸「うん、霊だよなぁこいつ……」
佐原「まぎれもない」
根岸「そうだねぇ。……っていうかさ、厄介な霊がいるって聞いて来たんだけど」
佐原「あー」
根岸「それが、夜に出るおばけなのか?」
佐原「んー、いや」
根岸「違うのか。見たところ、お前はあんまり害なさそうなんだけど」
佐原「生きてる頃、毒にも薬にもならないって言われたことがある」
根岸「まあ、遠くない表現だ」
佐原「それがショックで死んだの思い出した。ショック死だったんだなー」
根岸「そうか……。というかそれはショック死では無いな」
佐原「っていうかー、おばけと俺だと、厄介なのは、どっちかっていうと、俺かなぁ」
根岸「お前なのか」
佐原「夜のおばけは、マジやべぇから、厄介とかいうレベルじゃない」
根岸「マジやべぇ、ってどのくらい?」
佐原「災害レベル。その気になれば1年で日本人の8割を呪い殺せるらしい」
根岸「うわぁマジやばいやつだ」
佐原「でしょー? まあ、先輩から聞いた話だし、俺はそいつと関わらないようにしてるから、本当かどうかは知らないけどさ。でもおかげで夜トイレいけない」
根岸「トイレはともかく……。じゃあ厄介な霊っていうお前は、何をする霊なんだ?」
佐原「食器に汚れをこびりつかせたりするよ」
根岸「地味」
佐原「地味だけど、厄介でしょ?」
根岸「まあ、確かに」
佐原「でも最近は食器用洗剤がすごくてね、俺の霊パワーはもう全然」
根岸「じゃあ厄介じゃないじゃないか、何の害もない」
佐原「そうでもないよ」
根岸「まだ何かできるのか」
佐原「便器にウンコこびりつかせたりする」
根岸「こびりつかせてばっかりだが、厄介だな」
佐原「厄介だろう! しかしこの能力にも欠点があってな」
根岸「ふむ」
佐原「トイレがすごい臭くなる」
根岸「そうだろうね」
佐原「俺の居場所なのにさー、夜にはおばけ出るし、ウンコ臭いし、もう散々だよ」
根岸「ウンコ臭いのはお前のせいだろうが」
佐原「あ、でもやっぱり最近の洗剤はすごくてね、俺の霊パワーじゃ全然こびりつかないの」
根岸「無害じゃないかお前」
佐原「毒にも薬にもならないと!?」
根岸「うんまあ、役に立つ霊ってのも見たことない」
佐原「たしかに」
根岸「だろう?」
佐原「ではこれから、俺は役に立つ霊を目指します。毒とか薬とかになる」
根岸「よくわからんが、それなら除霊する必要はなくなったんだろうか」
佐原「いや、夜のおばけはお願いしますよ」
根岸「俺の手に負えるんだろうか、そんなやばそうなやつ」
佐原「じゃあ俺が相棒になってやるよ、霊の仲間なんて、こんなに心強いものはないよ!」
根岸「えー」
佐原「とりあえず、仲間になるために、そっち側出るわ!」
根岸「鏡から、出られるの?」
佐原「ばん!」
根岸「ぶつかった」
佐原「ばん!ばんばん! えぇぇ……まじかー」
根岸「出られないじゃないか」
佐原「最悪だ! なんだよ、なんだよもう! よくも……よくも! お前のせいだな! 殺してやる!」
根岸「さっきまで相棒になるとか言ってたのに。しかも俺別に悪くない」
佐原「全身の骨を折って、耳を削いで、最後に首をへし折ってやる!」
根岸「……どうやって」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「ばん! ばんばん!」
根岸「……」
佐原「のー!」
根岸「出てるけど、出てこれないのか、霊」
閉幕
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