プロローグ

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「野菜タンメンください」  そして出された水を一口飲み、僕に向かって口を開いた。 「なぜこんなことをしようとしたのか、それらを聞く気はないです。君には君なりの事情があるはずですから、無理に聞こうとは思いません。でも、話して楽になるのなら、私はいくらでも聞きますからね」  そう言って笑みを向ける男性。それからすぐにカバンから文庫本を出して読み始めた。まるで初めから、僕なんかいないかのように。でもそれは言い換えると、こちらからは聞かないという意思表示にも見えた。  優しいというか、お人好しというか……。  仕方なしに僕はうつむいたままじっとしていた。でも、頭の中ではどうしようかと悩んでいた。  男性が頼んだ野菜タンメンが運ばれてきた。いただきますと言い、彼はおいしそうに食べ始める。僕は会話が無い今の状況に息苦しさを覚え、とりあえず水を一口飲み、おそるおそる彼に話しかけた。 「ど、どうして、僕が食い逃げするってわかったんですか?」 「外から見てもかなり挙動不審でしたよ。他にもまだタネがあるんですけど、それについては内緒です」  僕との会話よりも今はタンメンに集中したいのか、簡素な答えを返す男性。だがそれが逆に僕には好感が持てた。おいしいものはおいしいし、食事を邪魔されたくない時もある。僕も食事中に会話をするのは苦手だ、というよりも好きではないと言う方が正しいんだろう。僕も会話よりは味に集中したいタイプなのだ。  そんな僕の目の前にいる男性。彼はたぶん三十代前半で、仕立ての良いスーツを着ていた。そのきれいな身なりと柔らかな物腰はいいところの家系では? と思わせる。だが気さくな感じも見受けられ、全然嫌みには感じなかった。  僕はこのとき、この男性になら話してもいいかもとそう思い始めていた。相談に乗ってくれそうな、聞き上手な雰囲気が彼にはあったからだ。それにこの人は僕を止めてくれた。悪い人では無いのは確かである。  僕は彼の優しさに甘えることにした。人に甘えるのは得意ではないが、こんなときぐらいいいだろう。いや、こんなときぐらいしか僕は甘えられない。
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