プロローグ

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「牛久探偵事務所……所長……牛久智久……」 「よかったら、うちで働きませんか?」 「えっ!」  思ってもみない提案に、思わず驚きの声を上げてしまった。うれしい、しかしそれは一瞬のことで、すぐに僕の中で猜疑心が生まれる。  上手い話には気をつけろ。何度耳にした言葉だろうか。  僕の中でいろんな葛藤が渦を巻き始める。牛久さんは良い人そうだが、はたして信じていいものなのか? もしかしたら何か危ない仕事をやらされるのかもしれない。  一度疑い出したらそれはもうきりがなかった。今までの人生、ろくでもない父親。僕は人よりも慎重にならざるをえない環境だったため、なおさらだった。  それが顔に出ていたのか、牛久所長が苦笑い気味に答えた。 「確かに、疑いたくなる気持ちはわかります。でもこればかりは、信じてもらうしかありませんね。うちはいたって普通の探偵事務所です。ちょうど人手が欲しいところだったんですよ」 「ほ、本当ですか? 僕でもやれるんでしょうか?」 「私は、富田くんはきっと真面目で良い子だと判断しました。だから声をかけたんです。探偵と言ってもドラマのように事件を扱うわけじゃない。浮気調査や身辺調査、探し物などが主な業務です。やり方さえ覚えれば何とかなりますよ。騙す気など全くないですからご心配なく」  終始笑顔の牛久所長だったが、怪しさはなぜかゼロだった。彼の持つ雰囲気がなせるワザなのか、つい信じてしまいそうになる。いや、そんなことはどうでもいいんだ。僕の心はもう決まっている。現在藁にもすがりたい状況なのだ。こんな僕に断るという選択肢があるわけがない。 「いいんですか?」 「ええ、富田くんなら皆も歓迎してくれるでしょう」 「あ、ありがとうございます!」 「住むところですが、しばらくは事務所で寝泊まりしてくれてもかまいません。事務所にはすでに一人住んでいますが、きっと大丈夫でしょう。私から説明しておきますので」
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