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 冷たい雨に凍える朝、遥は鬱々とした気分で窓から外を眺めていた。  季節はもう十月の終わりで、秋から冬へと次第に空の色が変わっていく。最近は雨模様が続き、指先が痺れるほど空気が凍っていた。遥は、十四の少年としては小柄な体躯を縮め、教室の窓から登校してくる生徒たちを眺めていた。窓際の自分の席からは、外の様子がよく見える。教室内の生徒は疎らだった。遥はいつも、家にいたくないために、早すぎる時刻に登校しているのだった。 「おはよ、遥」 「おはよう」  いつもつるんでいる大樹の声に、遥は視線を窓の外に放ったまま挨拶した。大樹は遥の前の席に悪びれもなく座り、退屈そうに頬杖をついて一緒に外をみやる。 「今日、やけに寒くねえ?」 「そうだね」 「つれないなあ。そんなに合唱嫌なのかよ」 「嫌に決まってるだろ」  遥の憂鬱の元凶は、ここ最近毎日行われている合唱練習のせいだ。学校の行事のひとつである合唱コンクールは、遥にとって苦痛そのものだった。しかし真面目な性分故、手を抜くこともできず、遥の憂鬱は更に加速していった。  不機嫌な調子で答えると大樹はやれやれとため息をついてきて、それが余計遥の苛立ちを増幅させた。  この窓の外から、今すぐにでもこの身を投げ捨てたい。そう思ったとき、大樹が「あっ」と小さい声をあげた。 「なんだよ」 「ほら、あれだよあれ。見てみろよ」  大樹がしきりに外に向けて指をさす。指の先を追うと、登校中の、ある少年にたどり着いた。 「あいつ、あいつだよ。白波時乃」  黒のギターケースを担いで登校しているその少年は、この学校の名物だった。  校則違反だというのに毎日持ってくるギターと、茶に染めた長髪。誰とも馴れ合わない気質に、先生の注意を受け流して反抗してくるその態度は、遥からすれば不良そのものだった。髪が鬱陶しいのか、うなじのところでひとつに纏めている姿は滑稽とも言える。しかしなぜか彼は生徒たちから親しまれ、憧憬の眼差しを向けられていた。自由な姿が生徒たちの心に刺さるのだろうか。遥は同級生の時乃と実際話したことはないのだが、彼の良さがいまいち分からなかった。先生も彼の破天荒ぶりには手を焼いているのだ。 「ほんと、あいつ目立つよなー」 「……ごめん、興味ないや」 「おいおい。そんなに意気消沈すんなよ。そんなに合唱嫌なのか?」 「嫌だよ」  結局大樹とのやり取りも最初に戻ってしまった。別のクラスの白波時乃のことなんかより、三限の合唱練習のほうが遥にとって重要だった。  遥のため息に合わせて、雨は強くなっていった。
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