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Order 001
信号機が青になると、後ろの車がクラクションを鳴らしてきた。
ハンドルを握っている女性――橘真奈美が、愛車であるフォルクスワーゲン VW タイプ 13W DXバス(カラーブルー/ホワイト) を発進させる。
助手席に座っている少女――桐野桐花が鳴らされたクラクションの音に辟易としていた。
「なんでこう、イギリスの人ってすぐにブーブー鳴らすのよ」
かけている伊達眼鏡の位置を直しながら呟くように言った。
真奈美は特に気にせずに、桐花を一瞥すると、自身の赤茶髪を手で払ってニッコリと微笑んだ。
二人が今車で走っている道は、イギリスはロンドンの道路だ。
数か月前に、日本からこの紳士の国へと引っ越してきた。
それは、中学生の桐花が本場イギリスで英文学を学びたいという理由からだ。
クラクションを鳴らされながらも駐車場に車を停めて、自宅へと歩き始める真奈美と桐花。
二人の住まいは、ロンドンのセントジョーンズウッド地区周辺――。
駐在員も多く住み、日本人学校や日系のスーパー、日本語対応の病院もあり、おまけに治安もいい快適に住めるエリアだ。
閑静な住宅街でロンドンの中心からも近く、バスも通っているのでとても便利。
さらに、ザ·ビートルズで有名な『アビーロード』が近くにある。
二人がロンドンに住むと決めたときに、真奈美が『アビーロード』の側がいいと言ったのが理由だった。
だが、別に真奈美はビートルズの熱心なファンではない。
なんでも好きなアニメに出てきたとかで――そういう理由だった。
歩く真奈美と桐花が、ある建物の前でその足を止める。
その建物は周辺の住宅と同じく、外壁はレンガでできているが、目立つところに看板が付けられていた。
その看板には、不機嫌そうにしている肉付きのよい黒猫が描かれ、英文字でTakoyaki Cafe Bianchiと書かれている。
ここは真奈美と桐花二人の自宅だ。
このカフェは、日本にいた頃に同じ名前の店で働いていたものだ。
真奈美曰く三号店だそうだ。
ただ、店長でありながらも、真奈美はお世辞にも料理が上手とは言えず、それならとたこ焼きカフェを開店させたのだった。
二人が店内に入ると、中にはがっちりとした男がいた。
「いらっしゃい……って、なんだ、お前らか」
男の名は柊彰吾。
茶色の短髪に、左耳にリングのピアス。
がっちりとした骨格に、髪が短いのもあってか顔立ちもすっきりした感じを受ける。
年齢は28歳で、真奈美が日本で不動産会社に勤めていたときの先輩だ。
柊は、真奈美たちと同居していた人物に会いにロンドンへ来たのだが、その人物は今日本へ戻ってしまったらしく、すれ違いになってしまった。
すぐに日本へ戻ろうとしたのだが、どうも旅費が尽きてしまったようで、真奈美の勧めもあり、このたこ焼きカフェビアンキで働くことになった。
服装は白いシャツ、黒いジレ、緑のエプロン、黒いスラックス。
真奈美も柊と同じ格好だが、下には黒いスカートを穿いている。
店内はテーブル席が四つ、カウンターに椅子がいくつかあり、あまり広くないのもあってほぼ満席状態だった。
壁は外と同じようにレンガで、至るところにグロカワなぬいぐるみが飾られ、それらが店の雰囲気を作っている。
真奈美と桐花が店内に入ると、たこ焼きを食べ終わった学生らしき二名の客が紅茶を注文した。
「はいはい~! すぐにお持ちしますね~!」
弾んだボールのような声で返事をした真奈美は、厨房に置いてあった緑色のエプロンを身に付けて、早速紅茶の用意を始めた。
真奈美は欧米人と変わらぬレベルで英語を話す。
柊も同程度だ。
桐花はまだ完璧ではないが、日常生活に問題はない。
一番英語が話せないのは桐花。
だが、真奈美も柊も会話に問題はないのだが、単語や文法は一切わからないので、生活に必要な書類などは彼女頼りなところがある。
真奈美が、注文されたアールグレイとペパーミントの紅茶とタピオカティーをテーブルへ置き、学生らしき二人がそれらを美味しそうに飲んでいた。
「紅茶とたこ焼きって、そんなに合わないと思うんだけど……」
桐花が気の抜けた声で言うと、その横で柊が同意している。
「まあ、雰囲気重視なんだろ。紳士淑女は」
それを聞いた桐花が、なんだかなぁ、と思っていると、店の扉が力強くバンッと開けられた。
店内にいた全員が注目したその先には――。
「勝負よ桐花! 今日こそ決着をつける!」
桐花と同じ学校の制服――ブレザーを着た少女が立っていた。
飛び込んできた少女は、ピンクとオレンジの中間のような、絶妙なピーチカラーの髪をツインテールにしている。
他の客は何事かと慌てふためき始めたが、真奈美は微笑み、柊は煙草を吸ってくると厨房から外へと行く。
そして、桐花はうんざりした顔をして大きくため息をついていた。
「……いや、勝負なんてしないから」
「勝ち逃げは許さないわ! さあ勝負よ!」
そして少女は人差し指を突き立て、自身のブルーの瞳で桐花を睨みつけた。
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