77人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
彼の笑顔を見た彼女は、悲しかったが、結婚してくれない理由が見えた気がして、どこかほっとしたところも合った。
その夜。
悲しくなっている彼女に気がつかずに眠っている彼の寝顔に、彼女はとうとう心が折れてしまった。
そんな彼女は、翌日、彼に話をした。
「あのね。私、仕事が見つかったから、出ていくわ」
「え」
「……壮ちゃん。今までありがとうね」
「美樹。本気なの」
まだ半信半疑の様子の彼だったが、押しかけ的に同棲したので、彼女は自分の少ない荷物を持って愛の住処を後にした。
そんな彼女は、大学時代の夏休みにバイトしていた温泉旅館で住み込みで勤務していた。
「美樹ちゃん。桜の間の座敷って掃除した?」
「まだです!」
「早くお願いね」
「はいはい」
人使いの荒い女将さんは自分の失恋の痛みを癒すためにバンバン仕事をくれるのはわかっていたが、それにしてもハードだった。
しかし。確かにそうであったし、自然に囲まれ知らない人ばかりの土地で美樹は元気を取り戻していた。
そんな旅館は人手が足りず、しかもみんな年寄り従業員で大変であったが、彼女は本日の宿泊客の用意をしていた。
「ええと。今回の団体さんは何ですかね」
「IT企業よ。社員の懇親会だって」
「ふーん。景気がいい話ですね」
飲酒運転や交通費削減を思うと、泊まった方が安いと思う企業が増えていると女将は話した。
「そういうわけで!今夜もお願いね」
「はーい」
こうして彼女は団体客を出迎えた。
「ようこそ。万華鏡旅館に、え?」
「久しぶりだね。僕が幹事なんだ」
玄関では元彼がケロっとした顔で彼女にスーツケースを渡したのだった。
つづく
最初のコメントを投稿しよう!