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案の定、CAの姿はどこにもない。 コックピットに繋がる内線電話を探す。機長はこの状況を知っているのだろうか。 これはただの感染症なんかじゃない。 詳しい説明が欲しかった。わたしは一か八かの賭けに出た。 「機長、着陸の前に一体何が起きているのか教えてください。納得のいく答えがいただけないのなら、先ほど動画サイトに機内の様子を撮影した動画をアップロードしました。予約投稿です。わたしが止めなければ数分後に全世界に配信されますよ」 「あなたは誰ですか」 「わたしは広川佐奈江といいます。感染の危険がないなんて嘘ですよね?」 「いいえ。あなたがゴーグルを外さない限り感染の危険はありません」 「わたしが他の人たちをあんな風にしたっていうんですか?」 「そうです。客室で生き残っているのはあなた一人。それが何よりの証拠ではありませんか?」 「わたしが感染症に?」 「あなたと目が合った人は一時間以内に体が石のように固まり、呼吸や心臓の動きが停止することによって死に至ります。 WHOから連絡があったのです。人間を石のように硬化させる恐ろしい感染症に罹患した女性がこの機に乗っていると」 「それなのに羽根田へ降りるんですか?」 「…………」 「わたしは家族を感染症の危険に晒したくありません。どこか人のいない遠くへ降りていただけませんか」 「分かりました。指示を仰いでみます」 通話を終えて客室を振り返る。 そこに広がるのはしんと静まりかえった異様な密室だった。恐ろしい病気を閉じ込めたパンドラの匣。 開いた途端に襲いかかる魔物は、見た人を石にしてしまう。 その瞬間、わたしの脳裏にギリシャ神話に出てくる怪物の名前が浮かんだ。 髪の毛は蛇。その姿を見た者を石に変えるというゴルゴン三姉妹の一人。 メデューサ。 わたしはスマートフォンに目を落とした。 予約投稿の時間まであと数秒。 動画のURLを添えて一通のメールを夫に宛て送信する。 恐らく着陸と同時にこの飛行機は空軍によってどこか遠くへ隔離されるだろう。 そして隔離されるメデューサはわたしではない。わたしが感染していたなら、もっと早くにこの恐ろしい事態が発覚していたはずだ。 飛行機のチェックインにも、手荷物検査でも、機内でCAから飲み物を聞かれた時にも、わたしは相手と目を合わせている。そこから既に数時間が経過しているのだから、誰かが亡くなったりしたら飛行機内は大騒ぎになっていただろう。 けれど一旦はみな飛行機を降りた。何故再び機内へ連れ戻されたのか。いや、誰がわたしを機内へ連れ戻したのか。 内線電話は機内放送のスピーカーにもなっている。その横に貼られた付箋に、今回のフライト担当の機長と副機長の名前が書いてあった。 機長は前島 雄一。そして先程まで会話をしていた相手の声は女性のものだった。 嘘付きなメデューサ。あなたを野に放つことはできない。わたしが遠くへあなたを連れて行くわ。 ――副機長 麻田 由奈 
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