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メルコリーニ公爵家といえば、王家の血を継ぐ名門貴族。国内でも有力貴族の筆頭として知られている。
そんな公爵家と王家に年の頃が釣り合った男女が生まれれば、娶せようという流れになっても当然だ。クリストファーとシルヴィアーナの婚約が決まったのは、今から十年前のこと。
国内外の将来有望な者を集めた『聖エイディーネ学園』において、二人の未来は確定したものとして扱われていた。
「そ、それは! そなたがカティアをいじめたからだ!」
クリストファーの視線が、傍らに控えていた少女へと向かう。ぱっちりとした青い瞳に、バラ色の頬。小動物のような愛らしさを持つ娘だ。
明るい金髪をピンクのリボンで束ねた彼女に、シルヴィアーナは目を向けた。
ひぃっと声にならない悲鳴を上げ、カティアはクリストファーの腕に縋りつく。
「わたくし、覚えがありませんわ」
やれやれ、と手にした扇を広げ、わざとらしくその陰で嘆息するシルヴィアーナ。
その様は嫌味なまでに優美で、カティアとの差というものがそれだけでありありと周囲の人には伝わってしまう。
生まれながらに王族に準じる立場として、厳しい修練を重ねてきた者とそうではない者の差だ。
「わたくし、これでも忙しい身ですの。虐めている暇なんてありませんわ」
「なっ――」
扇越しに憐れむような目で見られ、クリストファーの顔が真っ赤に染まる。
「入学してすぐ、彼女の教科書を破っただろう」
「この学園において……教科書は国家からの支給品です。その支給品を私が破る必要がどこにあるのですか?」
「カ、カティアが目障りだったからだろう!」
冷静なシルヴィアーナに対し、クリストファーの方はどんどん怒りが増しているようだ。
「教科書は国家からの支給品と申し上げたはずです。彼女の教科書を破壊することは、国家の財産を傷つけるも同じ。”貴族”として、そのような真似はいたしませんわ」
他の者の口から出た言葉であれば、”貴族”という言葉は、傲慢にとられたかもしれない。だが、シルヴィアーナの口から出れば、それは当たり前のこととして響いた。
「そ、それはともかくとしてだな! 一週間前は、カティアを階段から突き落とした。ほら、彼女の左腕、包帯が巻かれているだろう」
自分の分が悪いと思ったのか、クリストファーは攻撃方法を変えてくる。だが、それもまたシルヴィアーナには通じなかった。
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