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結局、きっといつもの気まぐれだ、と結論付けて気にしないようにした。その後も流れるように一連のことを済ませ、葵はとんとん、と靴のかかとを整えて家を出た。「いってきます」と言うと、控えめな声でこう聞こえた気がした。
「葵。…いって、らっしゃい」
葵は反応しない。けれど、いつもより優しくドアを閉めた。マフラーに顔をうずめると、鼻先で心地いい花の匂いが香る。
『母』の気まぐれは、いつも、わからないことだらけだ。
「おはよう、みぃ。香音はまだ来てないの?」
「へ…、あ、うん。まだ」
朝、笑顔でそう言うと美以子はぎこちなく答えた。目が泳いでいて、不思議に思った葵はその顔を覗き込んで首を傾げる。
「…どうかした?」
「えっと。…なんか、あおたん、いつもと違わない? 明るいというか…」
「そうなの、かな?」
「自覚なしかぁ~。絶対何かあって変わったんでしょ? もしかして…彼氏?」
驚いた顔からからかうときのニヤニヤ笑いに変化した美以子は、彼氏ができたのではということを疑っているようだ。葵がぶんぶんと音がしそうなほど勢いよく首を振ると、つまらなさそうに口をとがらせる。質問攻めに合う、その直前。
「――おはよう。どうかしたの?」
救いの女神…もとい、香音が颯爽と現れた。
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