フレッシュさん

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フレッシュさん

 郊外の分譲マンションを購入した上林さんは、通勤時間が今までの二倍になった。とはいえ朝早くに家を出れば、沿線の始発駅から高確率で座ることができ、しばしの二度寝をきめている間に電車が勝手に運んでくれるので、毎朝の通勤もさほど苦痛には感じなかった。  毎日同じ時間の電車の、同じ車輌を利用していると、見慣れた顔が定まってくる。自分と似たようなスーツ姿のサラリーマン、OL風の女性、制服姿の学生。名前も素性も全く知らない人たちばかりだが、もし街中で会ったらうっかり頭を下げてしまいそうなくらいには、いつしか親近感を覚えていた。度のキツそうな眼鏡を掛けたサラリーマンは「メガネさん」、いつも縞柄のネクタイを締めている年配の男性は「Mr.ストライプ」、「籠球部」と書かれたスポーツバッグを持った男子高校生は「のっぽ王子」。上林さんはお決まりの顔ぶれにそんなあだ名をつけて、密かに仲間意識を抱きつつ通勤時間を楽しんでいた。  春になって、いつもの面子(めんつ)に新メンバーが加わった。OL風のうら若き女性。上林さんが乗車する駅の数個先から乗ってきて、彼が座る座席の向かいのドア付近のコーナーを定位置にするようになった彼女は、新入社員らしき初々しさが際立っていたので、これまた勝手に「フレッシュさん」と名付けた。フレッシュさんはいつも、ピンと背筋を伸ばして手すりに寄り掛かることもなくスックと立ち、若い人には珍しく乗車するとすぐに、スマホではなく鞄から取り出した単行本を広げて、通勤時間を読書に充てていた。その姿からは知的で優秀な人物のイメージを受けるのに、肩から下げた、書類がすっぽり入りそうな大きな鞄にぶら下げたハリネズミのマスコットのゆるさ加減が、またギャップとなっていて印象的だった。
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