33人が本棚に入れています
本棚に追加
《 序 》
彼は美しい人を求めていた。美しいものに触れることを求めていた。
しかしどんなに美しいと感じても、その後にやってくる落胆を恐れ、踏み込むことを躊躇う癖がある。
そんな彼はひどく臆病であった。
遠い昔、彼の愛した最も美しい人へ彼は触れようと思わなかった。今も愛して止まない人へ彼は触れようとしない。
それは触れようと思えないくらいに美しい。
最も愛おしいと感じる故に、彼は彼女と同等に美しい人を探し求める。彼女の本質と同等の美しさを内包する人を求める。
愛した人はいる。愛せると思える美しさを持つ人はいた。
彼の感覚はひどく繊細であった。繊細が故に細やかな細部へ臆病になり、自分から手放す。そうして手放したものが戻ってくることはなかった。
彼が、再びを拒むからだ。
恋愛の情として愛しても、彼は真実に触れることを恐れる。だから必要以上に手を伸ばさない。
決して深く触れようとしない。
決して本気の相手に深く入り込むことをしない。
相手がどんなに求めてこようとも。
だから彼は、表面的に愛を囁き合える相手としか共にしない。
最初のコメントを投稿しよう!