《第三話》

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 「特に暑くはないけど」と彼が言うと「わたしは暑いのだけど」と彼女が言った。  顔を見た瞬間から今まで、彼女が一言も敬語を使ってこないことに今更彼は気付いた。気付いたら欲が顕なものとなった。  型破りが何処まで型破りなのか知りたい。  彼女が触れさせる限りを貪りたい衝動が湧いた。  彼女は微笑んだまま彼を見つめている。左に座ったということはそういうことだ。  「暑い」と言った彼女の頰に触れると熱くはなかった。熱くなっているのは彼の方だった。  彼女を開くにはどうしたらよいか彼は考えはじめたがいまいち思い付けない。 「好いセンスしてるね」 「折角もらったのだもの。勿体無いことしたくないでしょう?」  通常、こういう店は集団で客が付くのを待つ。客が付いたら部屋を借り、接客が終われば明け渡す。  その中に「誰も借りられない、誰にも貸す必要のない」特別な部屋がある。  客を多く持つ実力者には専用の部屋を与えられることがある。部屋を持つということは誰もが憧れる名誉であった。  今彼の居る部屋は彼女の部屋。認められている限り明け渡す必要のない彼女の持ち部屋である。彼女が間取りを整え、彼女の好むように様々な物が置かれ、彼女が自由に接客を許される部屋だ。  色に敏感な彼から見て、この部屋は寛ぐに相応しく乱れるにも相応しい中間が保たれていた。元々の内装に落ち着きと高揚を与える色が相反することなく馴染んでいる。  人の心理をよく理解していなければ出来ないだろう気配りが様々に行き届いている。部屋へ入る前、顔を合わせたその瞬間から。 「ねえ、わたしのことも見てよ」  彼女はそう言ったが、何も始めないふたりは見つめ合っているし、既に何かが始まっていた。 「見てるけど? もっと見てほしいってこと?」 「もっとわたしのことも見てほしいし、もっと化粧師さんのことも見たい」  そうして彼女は唐突に彼の唇を奪った。  熱い口付けに、彼は深いところを探り当てられたような目眩を覚えた。されるままに唇を奪われた。されるままに服を剥ぎ取られて、気付けばドレスをはだけさせた彼女に覆い被さっていた。  脱げ掛けのドレス、肩から落ちかけたブラジャーのストラップ、少し零れた胸、自分に絡まる彼女の指、そうして濡れた彼女の口元は喘がせてほしいとせがむように少し開かれている。 「こんな風に脱がされるとは思ってなかった」  じっと彼女を見つめながら彼は言った。  すると絡めていた指に彼女が軽く力を込めたから彼は力を抜いた。  早く来てとばかりに上目遣いで自分を見ていた筈の彼女の顔が上にある。勢いでドレスは更にはだけ、ブラジャーが片腕にぶら下がっている。  彼はストラップに手を掛けて彼女の腕からブラジャーを下ろそうとした。  するりと彼女の腕から手首へストラップが落ち、するりと彼の手がストラップへ入り込んだ。 「魔法使いみたい」  彼がそう漏らすと彼女は美しく笑った。 「脱がせ方なんて色々だわ。繋がり方も」 「じゃあ開き方は?」 「化粧師さん次第」  やはりそうなるのかと彼は再び思考を巡らせはじめた。    
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