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飾り気のない彼女は既に開かれているようでもある。しかし彼女の言い方はまだ開かれていないように彼には聞こえた。
彼女を開きたい。では、どうすればいいのか。
本音を好む彼女の心は常に開く準備がされている。言葉通り彼次第であった。
早く知りたい。きっと期待を裏切らない、彼はそんな予感がした。
素直故に複雑さを伴う。自分と少しだけ似ているところがあるかもしれないと彼は思った。
彼は化粧を施す生業を持つが自身を繕うことはまるで嫌いであった。心を許す親友達には「お前は我儘だ」と只管言われ続け、彼もその自覚はある。
人の機微にも自分の感情にも彼は敏感過ぎた。
彼は少しずつ恐れを抱きはじめてしまった。
誘うような試すような、悪戯に純粋に艶めく瞳に釘付けられながら欲と理性が拮抗する。
輪と輪で繋がれたまま、彼は相手にではなく自身に落胆しそうになり、空いている片手で苦し紛れに彼女の頭を引き寄せた。自分を見せようと好む形で彼女の唇を舐め取り、そのまま情熱的な口付けへと持ち運んだ。
自分が求めるものと彼女が求めるものが一致することを期待した。
しかし我儘な臆病さが邪魔をする。どんどん邪魔をしてくる。
彼は自分から求め出したくせに、遂に自分の上にある彼女の肩を軽く押した。
「ごめん、煙草吸わせて」
そう伝えると彼女から抜け出しベッドへ腰を掛けた。テーブルに出してあった自分の煙草を手に取り、咥える前にこっそり息を吐いた。そうして彼女が火をつけてくれる前にさっさと自分で火を点けてしまった。
彼女は気にした風もなく、彼の隣に腰を下ろした。
「面白い人」
静かに彼女が言った。
「そうかな? 俺、変なだけだよ」
そうして彼は溜息を吐くように煙を吐き出した。
顔が歪みそうだった。まだあまり知らない、けれど知られている人に感情的な顔を見せることは嫌だ。堪えるのは必死を要した。
あくまで彼女は彼の右側に座る気がない。彼の左肩にそっと頭を預けて寄り添う。
「お姉さんは煙草吸う人?」
彼女が名前で彼を呼ばないから、彼も名前を呼ばない。歳はきっと変わらない。自分より少し下かもしれない。興味がないから彼は聞こうと思わない。
「煙草を吸う方しか来ない日は吸うわ」
「今日は?」
「化粧師さんで最後。長く取ってくれたから」
焦ることなどないと宥めるように彼女は言った。
「吸って構わないよ。もう俺が吸ってるし」
「じゃあ失礼するわ」
彼女は立ち上がると愛用の小物入れへ向かい、シンプルなシガレットケースを取り出した。
「……それも良いセンス。女にしては珍しいけど、そういうの好き」
「男前なのよ、わたし。格好良いでしょう」
そう言って元の場所に戻り、綺麗な仕草で煙草を口元へ持っていく。
と、火を付ける前に彼に尋ねた。
「何か飲みましょう。何がいいー?」
あくまで彼女はさりげない。彼に安堵を運んでいく。
安堵するのに彼は惨めな自分も感じてしまった。それが自分の我儘だと知りながら。
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