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「あ、聞こえてたんだ。死にたくはねーんですけど……」
須王はへらっと笑う。それが挑発的な行為だとわかってはいるが、脇をすり抜けて行った孝弘の姿がちらちら脳裏を過り、そんな態度に出てしまったのか。
(あいつ……なんか小動物的な……。リスみたいだったな)
ぼんやりとそんな事を考えている間に、前方からは「死ね」という言葉と共に固く握った拳が繰り出される。
須王は慣れた動作でそれをいなし、孝弘が逃げて行った方向へ走り出した。
元々絡まれやすいというだけで、ケンカなど面倒なことは嫌いだった。絡まれた時はいなして逃げる。余計な傷もつかないし、やったやられたの無限ループに突入することもない。それが一番楽なのだと納得していたし、自分の中では鉄のルールだった筈。なのに何で。
向かった先の角を曲がると階段に出る。上か、下か。あの体じゃあ上りの方が良さそうだ。須王は熊のような3年生の姿を思い浮かべ階段を駆け上がる。
再び廊下へ出てまた走る。この階は視聴覚室や音楽準備室など、比較的普段は使われていない教室が連なっていた。
(どっか空いてねーか)
後ろから追っ手がまだ来ていないのを確認し、家庭科準備室の扉に手をかけた。
(あ、鍵空いてる)
須王は迷わずそこへ飛び込んだ。なるべく音を立てないよう扉を閉めて内鍵をかける。
はぁっと溜息をついて、手近にあった椅子に腰掛けた。とんだ追いかけっこに巻き込まれてしまったなとそのまま机に突っ伏して、やっと昼寝の時間を獲得したのだった。
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(あのイケメンは無事だったかな)
つんと外に跳ねた毛先を摘まんで孝弘は考える。
あの後、あの男、3年の熊田は孝弘を追うのをやめたようだった。追い掛けてくる気配を感じなかった。
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