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 商店街にクリスマスソングが鳴り響く。  時計は間もなく午後六時半を指そうとしていた。  日はとっぷり暮れていたが、辺りはイルミネーションの光に彩られ、物言わぬサンタやトナカイがそこいらに溢れかえっていた。 「ケーキいかがですかー」  ダウンジャケットを着こんだ浩平は、寒風吹きすさぶ屋外で折り畳み式の長机の上にケーキの箱を積み上げて、道行く人々に呼び掛けていた。  頭の上には赤と白の三角帽子。  それだけが浮かれていて、彼の表情も心もこれっぽっちも浮かれていなかった。  彼の前を寄り添って歩く恋人達が通り過ぎる。  なんでこんな日に俺は一人なんだろう。  溜息は大きくて白い塊になって、公平の気の重さを具体的に示して見せた。  それを見るにつけ、彼の気持ちはますます沈んでいくのだ。  数日前、些細な事が大ゲンカに発展した末、同棲していた優枝は出て行ってしまった。  それっきり、何度連絡を取ろうとしてもなしのつぶて。  そもそも、この日にバイトが入ってしまったのがケンカのきっかけでもあったから、余計に公平の気持ちは重たく暗くなっていく。  それはまるでブラックホールのように、彼の明るい部分を次々に吸い込んでいった。 「ケーキ、いかっすかー」  口調も段々と投げやりになってくる。  いっそ、このケーキ全部捨てて逃げ出してやろうか。  そんなことまで考え始めた。  そうなると妄想は止まらない。  いよいよエプロンの紐を外そうとした時のこと。  ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。  振動が、電話の着信を告げていた。  バイト中は使用禁止だけれど、もしかしてと思うと我慢は出来なかった。  ポケットから引っ張り出してディスプレイを確認。  そこには「優枝」の文字。  彼にはそれが自分の闇を消し去る光に思えた。  先程まで闇に包まれているようだった周囲も、次第に明るさを取り戻したように思えた。  込み上げる物を抑え込み、スマートフォンの受話アイコンをタップしようとした。
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