果実のない孤島

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俺の心の裡は誰にもわかるまい。この壁穴から俺が覗き見ているお前と社長との想定外の光景をどのように受け入れていいものか。この光景に愛のひとかけらでも見つけろとでも言うのか、嫉妬のひとつでも感じろというのか。  俺は思い出す、あの夏の夜のお前の乳房の肌は薄紅色の絹地にも似ていたのを。俺の手の指に絡み着くかと思えば擦るが如くさも霞みと化して指間から擦り抜け、しばらく揺蕩いながらも再び俺の手の指に絡み着かんとした。それは叶えられるかと思いつつも失望に終わったが、またの秋の夜には天女をも彷彿させるばかりの羽衣の如き優しき肌で俺の全身に纏わり着き、あるときはティツィアーノ・ヴェチェルリオが描いたウルビーノのビーナスにも似た繊細で人見知りしがちな光と影とが交錯する柔和の肌を俺の下半身に恥じらいもせずに曝したものだ。   清き領域と醜き領域の境界を知らぬあの頃のお前の肌を、俺は今から新しき人形で復元するのだ。それが容易いことではないのは承知の上で。まずは、せめてものこの関西の南にあるという春の海に映える鳥羽の陽射しの如き眩ゆい真珠の肌を(なぞら)えるにしても、いずれかはその新しき人形と共に永遠(とわ)の恋の島に旅立つことだけは忘れてはならんだろう。  そもそも、お前はそういう夢を抱いて俺の胸元に(すが)って来た筈ではなかったのか。それが今や俺のつまらぬ(くわだ)てのせいでお前は年老いた古強者の退廃の(くるわ)に棲まうとは。俺は騙されたんだ。社長が草臥れたエロ爺だとは見抜けなかった。あの巧妙な手口にまんまと引っ掛かってしまった。誤算だった。お前はすでに一線を越えてしまった。悔やんでも悔やみきれない。  ああ、あの頃の(ごく)平穏な俺たちの生活に一体何があったというのだ。嘗て俺が失業した頃も、お前の(なめ)らかにして艶深い繻子(しゅす)のごとき肌が、俺の夜の心に忍び寄る巷埃芥(ちまたあくた)(さざなみ)をいかにも心地よく撫で遣ってくれたことか。そのかけがいのない肌が肌が、なんということだ、現に侵されているのだ。  俺は思う、俺が愛するお前の肌に比べればお前の人間性など何程のことがあろうかと。  俺は願う。お前の肌でもう一度、俺を押し潰してくれないか、お前の俺に対する不安、憎しみ、恨みつらみ、それらの念力を込めて、俺を押し潰してくれないか。そうして、お前の濡れた肌の一片で俺の口腔が侵されるとき、俺はさだめし悦楽の果てで萎え果てるであろうから。  だが、もう遅いようだ。お前はさらわれてしまった。老いた奇態の営みにさらわれたのだ。  しかし、なにせ俺はジャンギャバンに似た男だ。俺は諦めはしないぜ。この覗き見る隣の部屋の光景を再現するためにお前とそっくりな人形を作ることにした。この部屋でお前と社長との営みを覗き見ながら作るのだ。その人形の肌にはお前を失った悲しみを塗り込むとはいえ、この部屋で俺は社長に成り切り、その新しき人形の肌を愛撫するのだ。その度ごとに、その新しき人形の肌は本物のお前の肌になっていくのだ。いや、お前自身になっていくのだ。俺の執念と嫉妬の愛撫でな....。
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