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暫らくぶりだったのか、夫はしつこく念入りに私の身体を舐めまわす。首元での荒々しい吐息が慈しみの野獣に襲われる気持にさせる。ややもすると、揺蕩いの大王が私の股間を襲おうとする。ああ、堪えられない。夫は小説『鍵』の濡れ場シーンを妄想し過ぎているに違いない。私を相手にどこまで演じたいのだろうか?でも、それは無理というもの。もう遅い。私は冷めている。あの天井際の収納庫に隠そうとして隠しきれなかった女の人形こそが夫の欲するものであり、私はあの人形を完成させるためのモルモットに過ぎないのだから。
こうして夫の老練な舌使いの様を眺めるにつけ何もかも莫迦々々しくなって来る。私の肌の感触を記憶し、それを人形の肌に再現させたいのだろうから。でも、意地でも私はあの人形になんかに負けてはいられない自分がいる。
「ねえ、もっと激しくしてよ。なにもかも忘れて」
「そうは言っても、最近、弱くなってな。こんな処で終ろうか」
「えっ、もう終わりなの。それじゃ、私は『鍵』の度はずれて旺盛な妻と同じになってしまうじゃないのよ。私は病的に絶倫な妻ではないわよ。どうしてなの?以前はこんなことはなかった。なにか隠していない?」
「なにも隠してはいない。ただ弱くなっただけだ」
このまま帰るにはいかない。はっきりさせたい。でも、どうすればよいのか?あの人形のことを言うべきなのか?
「あんた、あそこに見えているもの、あれは何なの?」
遂に言ってやった。
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