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夫は気まずそうに椅子を棚の下に運び、座面に上がって棚から人形をそっと、貴重なものを扱う、いや、まるで生きている人間を扱うかのように丁重に取り出した。私は夫からあのように丁重に扱われたことなど、これまで一度もない。夫にとって私は一体何なのだろう?いつも中途半端で、夫の生々しい肉体の臭さだけが肌に染み付いている。私は夫の汚物処理の受け皿だったのか?もしかしたら、あの人形こそが本当の私ではないのか?いや、もはや生身の私という女はとっくに忘れられているのだ。こんなことなら、私はあの人形と入れ替わるべきなのかもしれない。私と云う女の人形の棲むアパートの部屋....、ああ、想像するだけでも侘しい。でも、それで構いはしないのだ。それもそうではないか、私一人、どうして、このまま夫と離れて遠い関東の地で生きていけようか。
「おい、これだよ。大したことはない。まあ、大人のオモチャだと思ってくれ」
もう言葉にならなかった。頭の天辺から足の爪先まで私と瓜二つだった。肌ですらまるで私の肌と同じように見える。しかも、私が若かった頃の肌に。もう取り返しようのない肌に。これでは現実の生身の私という女に夫が焦がれるなんていうことは夢のまた夢なのだ。こんなことが許されるであろうか。それにしても余りにも精巧であり過ぎる。昔の若かりし頃の自分が眼の前に居るようだ。
「あんた、私が必要ではないようね。別れるしかないわね。あなたは過去の私と愛し合っているというわけね」
突然夫の表情が変わった。
「これはあくまでも代用品だ。あくまでも人形だからお前と別れるなんていうのはあり得ん。なんなら、これを壊しても構わないぜ」
「そうなの。じゃ、壊すわよ。その前に、この人形とどのように営んでいるのか、この場で実演してみてよ。・・・・さあ、やってみなさいよ!」
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